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2006年09月28日
ブラジリアン戦術、その1「ポンタ・ジ・ランサ」
とうとう、戦術の話をします。
これまで、わざと避けてきた話題ですが、いま、新しい時代に突入したセレソンを読み解くのに、やっぱり過去のセレソンの戦術の変遷の理解が不可欠だと思いました。
ブラジル人選手の特徴と歴代の代表チームの戦術を知ること。そこから、いま、世界中に散らばっている才能あるブラジリアン・プレーヤーそれぞれの特性に照らし合わせてみること。これは結構、有意義なことだと思いました。
「あの選手も、この選手も代表に呼べばいいのに」とサポは言うが、実際、特徴やプレー範囲の被る選手を同時にピッチに立たせることは難しい。これまで、あっし自身も、間違った認識をしていたことが多々あった。たとえば、ブラジルでは攻撃的なポジションに「メイア・アタカンチ」、「メイア・オフェンシーヴォ」、「メイア・ジ・リガソン」、「メイア・アルマドール」そして「ポンタ・ジ・ランサ」という用語が使われますが、これらについてきちんと認識するのに時間がかかった。
それに、セレソンのナンバリングの順番について、疑問に思ったことはありませんか?もっとも大きな疑問は、なぜ、10番が最も優れた攻撃的選手の象徴になったのだろうか。「それは、王様ペレが付けた背番号だから」。いえ、違います。(一説では、ペレの背番号は偶然に付けられたとありますが)
あらかじめ、言っておくと、あっしはサッカーの専門家、研究家ではありません。ただの素人ですから、完全な知識はありません。本文のすべての内容はブラジルの原文ソースを参考にしました。
まあ、大学の論文ではないから、いちいち全てのソースは表記しませんが、メイン・ソースとして、なんとパヘイラ元代表監督が昨年、セレソンを指揮する傍ら、記した著書「Evolucao Tatica e Estrategia de Jogo」(戦術の進化とゲーム戦略)のリンクをおきます。原文はポルトガル語のpdfファイルですが、図を見るだけで参考になります。それに、一部の図はパクらせてもらいました、パヘイラさんスンマセン。あ、この著書の一部のくだりはイギリスの著書からパクったのではないかと、問題にもなっているそうです。まあ、ここはみんなギブ・アンド・テイクというこで。
パヘイラ著書のpdfファイル
http://www.byweb.com.br/liga/docs/
「あれから40年」のきみまろサンまでをもパクって、
あれから140年。
サッカーの創成期、19世紀後半のイギリスで行われていたフォーメーションは、なんと1-1-8だったらしいです。ゲームはもう、今では考えられないほど攻撃ばっかりで、むしろ非効率。そこで、バックス・ハーフ・フォワードというピッチを3分割する概念をもった2-3-5というフォーメーションが1880年代に導入された。
パクリ図をみればわかりますが、このフォーメーションを見れば、選手たちのナンバリングがもともとどうだったのかがわかります。キーパーが1番、そしてバックス・ラインから前線へ、右から左の順で2,3,4…と、背番号が連なっていきます。ここで、チームの中心的な選手はハーフの5番だったらしい。

1925年に改正されたオフサイド・ルールによって、ボールを受ける攻撃の選手とゴールラインの間に、それまでの3人(キーパー含む)から、2人の選手(つまり、いまと同じ)が前にいることが条件となった。ここから、数的有利への攻防がくり広げられるようになりました。
昔のオフサイド・ルールなら、それまで前戦に突進してくるFWに2人のバックスで余裕で対応できたのが、新しいオフサイドルールによって、ディフェンスは1対1という局面をより多く強いられるようになった。そこで監督たちは、2人のバックスをライン上に揃えオフサイド・トラップを常に意識させるようにした。
攻撃側も、ライン状になったバックスを両脇から突破するため、最前線のフォワードと同じ高さの左右にフォワードを進め、またしても数的有利を目指した。ここにウィング誕生。と同時に、中盤の高い位置に二人のハーフを残す。
けれど、このW型の攻撃の驚異に堪えるため、ディフェンスは5番のハーフを最終ラインに下げ、M型の守備を形成。ここにスリーバック誕生。この5番こそが、いわゆる、いまのセンターバック。2番は右サイドバック、3番は左サイドバック。

これが、1920年代、アーセナルを率いるマーク・チャップマンが考案した、かの有名なWM。留意点としては、ようやくピッチ全体を使うゲーム展開になっとこと、そしてマンマーク・ディフェンスだったらしいこと。
やがて、ヨーロッパだろうが、南米だろうが、どこのチームもWM型のフォーメーションを用いるようになり、互いに、ぴったりとマンマークしちゃうものだから、数的有利どころか、窮屈で、マンネリ化しはじめた。そこで、それぞれの国は特有のスタイルを用いて、このWMの変形を考えはじめた。
ここで、やっとブラジル固有の話題に突入できます。ちなみに、WM型のハーフを構成する4人のプレーヤー(4番、6番、8番、10番)のことを当時は「カルテット・マジコ」と呼んだらしい。06年のセレソンのあれは、ここからのパクリ?
ときは、1940年代。リオの名門フラメンゴにジジーニョという8番の選手がいた。ずば抜けたボール運びと支配力で、一躍チームの攻撃を司る中心的な選手となったらしい。この選手を中心に、チームは「守備はより守備力を、攻撃はより攻撃力を」というモットーで、中盤から、4番をさらに最終ラインに下げ、10番を前線のラインに押し上げた。

中盤は6番の選手と、8番の選手が言ったり来たりする。8番のジジーニョこそが「メイア・ジ・リガソン」(つなぎ役、中盤の要)、いまでいう「メイア・アタカンチ」(攻撃役の中盤)または「メイア・オフェンシーヴォ」(攻撃的中盤)。
中盤の6番の選手もスバ抜けた展開力、キープ力が要求される「メイア・アルマドール」(仕掛け役)。当時は、まだボランチの概念はない。
そして前線にとけこんだ10番こそが、ブラジル・サッカーが生み出した独特のポジション「ポンタ・ジ・ランサ」(槍の先端)。この名称から、単純にFWと考えられがちだが(ポルトガルでは今もそう)、違う。FWは前線で張って、ポンタ・ジ・ランサはFWの後ろから、ときにはメイア・ジ・リガソンのように相手守備陣に仕掛け、ときにはFWとワンツーを交わし、キーパーの前に飛び出すもう一人のFWとしてプレーする。ポンタ・ジ・ランサの出現は、エリア真ん中を一人で守るセンターバックを混乱に陥れたという。そのために、守備にはもう一人センターバックが増え、4バックが考案されたとも言える。
ここにブラジル特有の4-2-4が誕生。ポンタ・ジ・ランサこそがスバ抜けた攻撃センスの持ち主で、高い得点能力を要求される。伝説の監督ジョアン・サウダーニャ氏によれば、最初に出現した「ポンタ・ジ・ランサ」は1930年代にボタフォゴでプレーしていたペラシオ(のち、フラメンゴ、38年W杯出場)と、40年代バスコ・ダ・ガマで活躍したアデミール・メネゼス(50年W杯出場)の二人らしい。

ただし、サウダーニャ氏が特筆するのは「なぜ、それ以前の誰も、試合中に中盤から飛び出して、いきなりFWになることを思いつかなかったのか?それは、当時のアマチュアのサッカー選手にとって、試合中にそんなに走ることは考えれなかった。サッカーがプロ化したおかげで、サッカーに専念し、試合中により多く走ろうとする選手が出現した」のだそうだ。つまり、ポンタ・ジ・ランサの出現には、今で言うフィジカル要素が影響していたのには、あっしも目からウロコでした。
トスタンは今と昔の選手について言う。「ポンタ・ジ・ランサ」の代表的なのが、もちろん、ペレ、トスタン本人、ジャイルジーニョ、そしてジーコ。全員、チームの得点王にもなったが、典型的なFWではない。
「メイア・ジ・リガソン」、「メイア・アタカンチ」はカカ、アレックス、ジエゴ。「メイア・アルマドール」はジェルソン、ヒベリーノ、アデミール・ダ・ギア、ジルセウ・ロペス、いまはヒカルジーニョ。メイア・アルマドールたちこそ、あっしの一番好きなプレーヤーたち。
この三つのポジションは時とともミックスしあい、兼務されながら、いまでは、かなり似通ってしまい、誤解を招きやすい関係にまでなってしまった。例えば、ジーコをポンタ・ジ・ランサという人もいれば、メイア・ジ・リガソンという人もいる、リバウドもしかり。一方、ヒベリーノはメイア・ジ・リガソンなのか、アルマドールなのか。背番号にしても、ポンタ・ジ・ランサが必ず10番を付けるわけではない。
いずれにしても、当時の攻撃的サッカーからすれば、妥当なネーミングだったらしいし、いかにブラジル・サッカーが攻撃バリエーションに豊富なのかを物語る事実だ。古くからいるセレソン通は、セレソンに招集される選手たちの特徴を観て、これらのネーミングに当てはめることをする。
話を当時にもどして、4-2-4フォーメーションは、同時期のヨーロッパでもハンガリーが54年W杯で世界を席巻し、注目を浴びる。そして、1958年W杯でブラジル・サッカーは戦術面・技術面で世界の頂点を極める。


上(左から):Djalma Santos. Zito. Belini. Nilton Santos. Orlando e Gilmar.
下:Garrincha. Didi. Pelé. Vavá. Zagalo、マッサージ師のMario Americo
なんといっても、中盤のジート(メイア・アルマドール)とジジ(メイア・ジ・リガソン)、そして、大会中にポンタ・ジランサの位置に入ったペレ。両ウィングのガヒンシャとザガロ。FWのヴァヴァ。そして、ブラジル流ラテラウ、超攻撃的SBの先駆者、左利きのニウトン・サントス。これだけのタレントが揃ったのは、ブラジル史上はじめてのことだったらしい。残念ながら、このチームの映像はハイライトでしか観れていない。当時を知る人は、このチームは70年のチームの破壊力を上回ったという。
トスタンが言うには、「ペレとガヒンシャ、ブラジル・サッカーの伝説の二人がいた事実だけでも、これが史上最高のセレソン」らしい。
セレソンがヨーロッパ敵地で初の栄冠をつかんだことから、とうとうヨーロッパと南米の拮抗が崩れた。もはや、攻撃力だけを競い合うのではなく、いかに相手の長所を潰すか。4-3-3フォーメーションが誕生し、サッカーの主流はどんどん動きが激しくなる中盤での攻防へと移行していく。そしてとうとう、イタリアでは鍵のついたディフェンスまでもが出現。
<つづく、いつか>
投稿者 fhasebe : 13:24 | コメント (4) | トラックバック
2006年09月22日
MEXICO70-攻撃サッカーの栄華
とうとうやってまいりました。
あっしらはバック・トゥ・ザ・フューチャー!
ときは1970年、場所はメキシコ
攻撃的サッカーの黄金期、偉大なる選手たちのオリンポ
ここにワールド・カップ1970の幕が切って落とされます
あなたも史上最強のセレソンに会い行きましょう!!!
偉大なるトリ・カンペオナートの軌跡をご覧あれ。
<このYoutubeの動画はたまらん!テキストと同時に参照するには、ウィンドウは二つ開いた方がいいかもしれません>
さあ、いよいよ登場しましたセレソン・ブラジレイラ
本大会は偉大なるプレーヤー、ペレの最後のW杯になるかもしれません
割れんばかりの歓声に包まれたグアダラハラ、ハリスコ・スタジアム
グループリーグ初戦の相手は東欧最強、チェコスロバキア
選手たちの入場です。キャプテン、右SBカルロス・アウベルトを筆頭に選手達が勢揃いしました
GKフェリックス、CBのブリット、ピアッザ、左SBのエヴェラウド、
ボランチのクロドアウド、
そして豪華、これぞ本物の黄金、「黄金のクィンテット」
ジェルソン、ヒベリーノ、ジャイルジーニョ、トスタン、そしてペレエ!!!
さあ、試合開始と思いきや、いきなりチェコスロバキアが襲いかかります、
なんんとペトラスがブラジルのエリア内突入、左足で運んでシュート、ゴール!チェコスロバキア!どうしたブラジル?
すかさずペレが反撃に出る、さあ、ペレ、自陣中央でボールを持つ、
と思ったら、いきなりシュート!超ロングシュート、ボールは大きな孤を描いて相手ゴールへ、
キーパーのビクトル、慌てて戻る、まさか入るのか?さあ、どうか?
おしい、ゴール左上からほんの数十センチ離れて落ちていった。劇的なシーン
さあ、ここで一気に士気が高まったか、セレソンがガンガン襲いかかる
出たあ!ジェルソンの40メートル・ロングパス、エリア内でペレの胸にぴったり収まった
ペレ、トラップ、右足に持ち替えて、ゴオール!ゴオール!
ブラジール!結局、この試合を4×1でモノにしました!
<ブラジル4×1チェコスロバキア>
さあ、次はディフェンディング・チャンピオン、
ボビー・チャールトンのいる、あのイングランドです!
これは、壮絶な戦いだ、いきなり、セレソンのバックスの大ミス、あわやイングランド・ゴール!
お返しにとばかり、カルロス・アウベルトが駆け上がった、
右にジャイルジーニョ、すごいスピードで一人かわす、そしてクロス
ファーには…ペレ、叩き付けるヘッディング・シュート!ゴー…!!
いや、キーパーセーブ!!すごい、バンクスのスーパーセーブ!
これがっ、W杯史上最高と言われるセービングかあああ!!
くやしがるペレ、
今度はトスタンが攻めかかる、一人、二人、イングランドのエリア内でかわしていく、
そして、反転して小さなクロス、ペレがトラップして、もう一つ外へパス、
まってましたとばかりに、ジャイルジーニョが突入、
シュート、ゴール!ゴオール!!!セレソオン、勝利―!!!
<ブラジル1×0イングランド>
そして、グループ最終試合、ヨーロッパ国との3連戦の相手はルーマニア
ヒベリーノを休ませてパウロ・セーザル・カジュー登場
試合はクロドアウドが切り込んで、ファールを受ける
蹴るのは、トスタンかと思いきや、ペレの右足一閃、弾丸シュート、ゴール!!
喜ぶイレブンとは裏腹に冷静なベンチ
新任ザガロ監督は何を考えているのか
だが、ルーマニアも懸命に頑張って、ゴール!
セレソンもすかさずお返しに、トスタンがクロスを中にずらして、ここにペレ!
セレソン、点の取り合いに終止符を打ちました
<ブラジル3×2ルーマニア>
さあ、いよいよクォーターファイナル、対する相手は今大会はじめての南米チーム、ペルー
率いるのは、かつてセレソン最高のミッドフィルダーといわれたジジです、
ペルー・サッカー史上、最高の選手といわれるクビージャスもいます
まさに因縁の対決
開始早々、いきなりペレが魅せます。相手エリア内で完璧な胸トラップ、
そのままシュート、しかし、ボールはポストに跳ね返る、
リバウンドを拾って、今度はヒールパス、しかし、トスタンこれに合わすも大きく浮かす
今度はペレが右からのクロス、
ここでペルーのCBがカットミス、トスタンがエリア内でボールを拾い
外のヒベリーノへ、ヒベリーノの左脚きた!弾丸シュート、ボールは地を這いながら、緩やかなカーブを描いて、ボールマウスへ、ゴール!!
両手の拳をあげて、狂ったように喜ぶヒベリーノ
さらにジャイルジーニョのマリーシアたっぷりのスルーパス、
ペレがすかさず反応して、シュート、キーパーの体にあたるが、そこを詰めていたのがトスタン、ゴオール!!ハリスコ・スタジアムの熱気はカナリア・カラー一色!!
<ブラジル4×2ペルー>
次はセミ・ファイナル、相手はまたしても因縁のライバル、ウルグァイ
ウルグァイはブラジルのリズムを崩そうと、執拗なラフプレーでくる
ジャイルジーニョからボールを受けたヒベリーノも後ろからタックルを受けて、
いささか興奮気味
そして、ブラジルの一瞬のスキをついて攻めるセレステたちが先制点をあげる、
セレソンに焦りが見え始めたころに、縦横無尽に前線を動くトスタンの右からの低いクロスに合わせたのが、
後ろから飛び出したクロドアウド、同点ゴール!!
ほっと胸をなでおろすベンチ
しかし、なかなか追加点をあげられない、
ジェルソンのスーパーパスに反応するペレ、しかし、エリアで倒される
観衆、解説者までもが「ペナルティだろ!」と叫ぶ
若きエメルソン・レオンもベンチで事の成り行きを守る、
だが、試合は何事もなかったかのように続行
またしてもペレがウルグァイ・ディフェンスを切り裂く、
一人、二人、華麗に抜き去る、そしてエリア内でかわして、
ファウル!PKか!!いや、主審はなにもとらない、いったいどうなっているんだ!
次はピッチ中央、ジャイルジーニョ、こんな低い位置からビルドアップ、
ペレにパス、ペレの軽いタッチから背後のトスタンにボールが渡る、
右を駆け上がるジャイルジーニョにスルーパス、
ジャイルジーニョの軽いフェイクに、ウルグァイ・ディフェンダーが戸惑う、
すかさず、ジャイルジーニョがエリアまで持ち込んで、キーパーの届かない隅にシュート、
ゴール!ゴール!ブラジル逆転!!
そして3点目はまたしてもペレが左サイドで運んでいき、
最後はリベリーノのシュート
しかし、一体誰がどこのポジションから飛び出すのか、このセレソンはさっぱりわからない
トスタンが左から、ペレへスルーパス、
ウルグァイのキーパー、マズルキエフキー飛び出してカットしようとする、
ここで天才の閃きが、ペレがボールの上を素通り、
キーパーの前で交差するペレとボール、キーパーはどっちにいっていいか分らない、
ものすごい、フェイント、イルージョン、
いったん、離れたボールに再会しようとする王様ペレ
そしてシュート、だがボールはわずかの差でゴールマウスを外れた
これが、ペレがW杯で魅せた最も美しいプレーの一つとされる
この瞬間を共有したスタジアムの人々の驚きと喜びが伝わってきます!
とうとうファイナルです、互いに3度目の優勝、そして初代ワールドカップ、ジュール・リメ杯の永久保有権をかけて激突するブラジルとイタリア
イタリアも準決勝でドイツとの死闘を制してきたばかりです。イタリアには、リバ、マッゾーラ、リベラといったスター選手がいる
さあ、いよいよメキシコ・シティのエスタジオ・アステカは世界中の熱い視線をうけて沸きに沸く
キャプテンのカルロス・アウベルトとファケッティが試合前の握手を交す
試合が始まるとともに、セレソンの怒濤の攻撃がはじまる
これぞ、伝統の攻撃的サイドバック、カルロス・アウベルトが右から猛然と攻撃、
ゴールラインすれすれ、シュート気味のクロスにペレがおしくも合わせられない
次は左からトスタンのスローイン、ヒベリーノが高々としたクロスをイタリア・エリア内に入れる
そこへ竜のごとく、アフリカの伝説の英雄のごとく宙に舞い上がったのはペレ、ヘディングでどんぴしゃ、ゴール!!!
だが、イタリアも負けてはいない、相手のスキにつけこましたら右に出るものはいないイタリアン・サッカー、ブラジルの最終ラインのミスを拾ったボニンセーニャが、すかさず同点ゴール。時計は試合開始から7分57秒。
W杯の決勝で、8分足らずで、すでに2ゴール、これはすごい試合の予感がする
そして、21分5秒
ジェルソン、なぜお前はそんなことができるのか、
またしてもピンポイントの40メートル、ロングパス。ペレがエリア内で頭で折り返して、ジャイルジーニョ。なだれ込むように押し込んだ
ゴール!!勝ち越しゴール!
もう誰も止められない、止まらない、セレソン!セレソン!
ヒベリーノからペレ、ペレからカルロス・アウベルト、弾丸シュート、ゴオール!
ゴオール!!!4点目!!優勝、3度目の優勝!!うをおおお!!歓喜の瞬間!
アステカ・スタジアムは熱狂で炎上しています、これぞ最高の攻撃的サッカー、これぞ史上最高のセレソン、
世界中の人々の胸に刻まれた永遠のセレソン!!!
カルロス・アウベルトがカップを掲げる、スタジアムがどっと揺れる
ピッチには選手とサポーターが入り乱れる、選手達のユニフォームはひっぺがされる
もみくちゃだ、みんな狂ったように祝う、
そして裸のペレが掲げられる。
地上に生まれた最高のサッカー選手、ペレ!!ペレ!!
王様ペレ!ペレ!
スタジアム中がいつまでも、その名前を叫ぶ

投稿者 fhasebe : 22:55 | コメント (4) | トラックバック
セレソン招集06年9月14日
またしても新顔が、ドンドン楽しみが増していくドゥンガ・セレソン。
10月7日、クウェート戦(クウェート現地)、10月10日エクワドル(場所未定、国内でやれよな)の2試合に向け、ドゥンガは22人を招集しました。
Goleiros
Gomes (PSV - Eindhoven)
Hélton (Porto)
Laterais
Maicon (Inter de Milão)
Daniel Alves (Sevilla)
Adriano (Sevilla)
Marcelo (Fluminense)
Zagueiros
Lúcio (Bayern de Munique)
Luisão (Benfica)
Juan (Bayer Leverkusen)
Alex (PSV - Eindhoven)
Meio-campistas
Lucas (Grêmio)
Dudu cearense (CSKA)
Gilberto Silva (Arsenal)
Edmílson (Barcelona)
Kaká (Milan)
Elano (Shakthar Donetsk)
Ronaldinho (Barcelona)
Atacantes
Vagner Love (CSKA)
Rafael Sobis (Betis)
Robinho (Real Madrid)
Daniel Carvalho (CSKA)
Fred (Olympique de Lyon)
なんといっても、最大のサプライズは、いま好調のグレミオから19歳のボランチ、ルーカスが呼ばれたことでしょう。スイマセン、彼がどんな選手かは知りません。試合に出れば良いんですけど。(peixeさん、できればレクチャーお願いします)
他にも、A代表初選出のGKエウトン(ポルト)とダニエウ・アウベス(セビリア)。同じくセビリアの左サイドでプレーするアドリアーノはコパ・アメリカ2004年以来。
最年少はフルミネンセの左SB、マルセロ君。
エウトン、呼ばれればいいなあ、って言ってたんだよね。顔おもしいろいから。

「えっ?オレ?」
アドリアーノとダニエウ・アウベスもオモロイ顔してるよなあ。リーガ首位を行くセビリアの原動力。じゃあ、顔の一番面白いルイス・ファビアーノも呼んでみてよ…それに、ヘナトもね。

中盤は相変わらずですねえ。ポルトのアンデルソン君が来ると思いましたが、まだ、無理をさせないようですね。最終ラインも手堅い4人。ブレーメンのナウドとか呼ぶかな、と思ってました。
ルシオ、ダニエウ・カルバーリョ、ソビスの元インテル組も呼ばれました。メデタシ。
新顔もそうですが、ここでダニエウ・カルバーリョ、エラーノ×カカ、ロナウジーニョのレギュラー争いが本格化しそう。とくに、エラーノとカカのどちらかが、右MFの座を勝ち得るか、最大のポイントだと思います。頑張れエラーノ!頑張れダニエル!援護しろよ、ドゥドゥ・セアレンセ!(って、関係ないか…)
記者会見では、ドゥンガ氏は南米オリンピック予選を戦うオリンピック代表も指揮したいと言い、そこで、ロマーリオをオリピック代表スタッフに迎えたいと言いました。実現すれば面白い。
しかし、ルーカス君まったくノーマークでした。ぜひ、勇姿を観たい。すでにアトレチコ・マドリードが唾つけてるんだって。
こっちの顔は…まるで、アルゼンチン人選手だあ。

投稿者 fhasebe : 07:28 | コメント (12) | トラックバック
2006年09月18日
「愛の終わり」byリケルメ
器の大きな選手が批判を受け続けるとどうなるか。
リケルメはとうとうアルゼンチン代表を去ってしまった。強い意志をもつ彼の決断とくれば、引退表明はおそらく決定的なことなのだろう。
チームの柱、最もクリエイティブな選手が良いプレーができなかったり、大会で良い結果を残せなかったときは、マスコミを筆頭に周囲の人々から攻撃される。ブラジルの場合はロナウド、ロナウジーニョ、日本の場合だって中田、中村が今回のW杯でヤリ玉にあげられた。
とくに、チームの真ん中でボールを受け取って、配給する役割を担う、いわゆる司令塔タイプの選手は大変だ。前にも書いたが、リケルメのスキルに関しては何も文句のつけようがない。近年現れたアルゼンチン・プレーヤーでもピカイチの展開力、キープ力。クラッキの風格。
しかし、なぜか本人にとって、そしてアルゼンチン・サッカーにとって、不運にもリケルメは批判にさらされる運命にあった。アルゼンチンを出てヨーロッパに渡ってからは、まるで「魂の平穏を追い求める遍路」のような経過をたどっている。

リケルメの略歴に関しては、ウィキペディアなどを参考にして、次のとおり:
1978年サン・フェルナンド生れ。Argentino Juniorのユースで育ち、96年ボカ・フーニオルスとプロ契約、同年、アルゼンチン・リーグでデビュー。97年には、かつてマラドーナの着たクラブの10番を継承し、同年にはA代表初選出。また97年はワールドユースでも優勝。アルゼンチン・リーグは3度優勝(アペルトゥーラ2回:98年00年、クラウスーラ1回:99年)。
2000年、2001年は南米リベルタドーレス杯優勝。2000年にトヨタカップで初来日、レアル・マドリードを下して優勝。01年にもトヨタカップで再来日。

リケルメがマケレレをぶっちぎる
02年には鳴り物入りでバルセロナに移籍するも、スペイン一年目でチームを牽引するほどの活躍はできない。翌年、ライカールト監督とロナウジーニョの入団の煽りをうけて(非ヨーロッパ国籍選手枠からはみ出てしまう。というよりも、絶対にヨーロッパ国籍を取ろうとしない)チームから追い出される形に。
03年からビジャレアルに移籍。ここではチームの中心選手として、ようやく落ち着いてプレーできる環境を得る。しかし、ビジャレアルの歴史的な快進撃となった05年のCLで、ベスト4のアーセナル戦セカンドレグ、ロスタイムで得た劇的なPKをレーマンに止められ敗退。
A代表では、04年にユース代表時代の恩師ペケルマンがA代表に就任するや、アルゼチン代表の中心的選手に。しかし、ここでリケルメの波のあるパフォーマンスに不満の声が上がり始める。
06年W杯でも、初戦のコート・ジ・ボアール戦で素晴らしい活躍をしたあと、徐々にペースが落ち、最後のドイツ戦では途中交代させられるハメに。
国中の批判を受けるのはたやすいことではない。リケルメの言葉では「母が僕の悪口を聞いて、もう2度も入院した。国も大事だが、家族が一番大切」。確かにね。
セレソンにもリケルメと似たタイプの選手がいた。いまフェネルバチェにいるアレックスという選手。調子が乗っている試合では手が付けられないが、そうでないときは、1試合まったく存在感なしでいることもある。肝心なときに消えてしまう、とサポーターたちから嫌われる。
あっし達サポーターは安易に選手を批判したがる。あっし自身はまったくそう。ロナウジーニョを批判しながら、リケルメのケースをみてハッと我に返る。選手は頑張った、だが観る側は自身のフラストレーション(サッカーだけに起因するとはいえない)を罵声で、ときには理屈で飾り付けて選手に、監督に、チームにぶちまける。
「僕一人で判断できることなら、一生、ボカだけでプレーしていたい」。バルセロナへの移籍が決まったリケルメはこう言っていた。この言葉で、いかに彼がセンシティブなのかがわかる。バルサからビジャレアルに移籍したときも、減給されることを意に介さなかった彼の姿勢に、ほんとに金のためにプレーしているんじゃないんだな、とあっしは実感した。
そんなリケルメにとって「国旗をまとってプレーすること」はどれほど重要だったのだろうか。重要すぎるほど、全身全霊を捧げ、「愛するが故に」(by浜省)代表チームの重荷に耐えられなかったのだろう。

一生懸命、愛情をこめてやった、なのに、批判された、ダメ印を押された。誰だって、そんな経験あるはず。
新聞紙『La Nacion』に寄せられた読者の無数の投稿を読んでいて興味深かったのは、「リケルメの次は誰が「10番の生けにえ」になるのか?インスーアか、ダレサンドロか?どうせ、マラドーナのような完璧な選手が出てくるまで、人々は批判をやめないだろう。いや、ピッチ内で完璧な選手が出現すれば、そいつの私生活は破壊されるだろう」これが、アルゼンチンサッカーの悲しいタンゴなのか。

昨年のW杯南米予選、「アルゼンチン3×1ブラジル」でのパフォーマンスは忘れない。はっきりいって、鬼のように凄かった。エリア前でボールを受けて反転、ホッキ・ジューニオルを振り切って、弾丸ライナーのシュート。GKジーダまったく間に合わず。「セレソンが大敗する~!」あんときほどパニクったことはない。それから数週間後のコンフェデ杯では、パヘイラ監督は「リケルメなら、ブラジル代表に居場所がある」と言っていた。社交辞令かなにかは知らないが、最高の賛辞だ。
話は変わるが、いまインテル・ミラノのアドリアーノが物心ついたときから愛したフラメンゴを去るとき「愛するチームでプレーするためにサッカー選手になった。でも、愛するチームのサポーターからブーイングされるなんて夢にも思っていなかったよ」と言っていた。
ジーコは06年W杯前に、優勝候補のブラジル代表と、彼の時代のセレソンとの比較を求められ、こう言った。「幸せという意味では、僕の時代のサッカー選手の方がそうだった。いまの若者たちはみな、金儲けのためにサッカー選手になるからね」。フラメンゴで名声を浴びはじめても、ジーコは父から「大学はいつ卒業するんだ?」と勉学を勧められていたそうだ。
サッカー選手にとって幸せってなんだろう。名声を得ること、大金持ちになること、サポーターに愛されること。リケルメの場合は、サポーターに愛されることが一番だったのだろうね。
投稿者 fhasebe : 10:13 | コメント (14) | トラックバック
2006年09月17日
ブラジリアン、チャンピオンズ06-07
今年もやってまいりました、世界で最も豪華絢爛なフットボール大会「UEFAチャンピオンズ・リーグ-シーズン06-07」
過去2シーズンでやってきた通り、今回もCLに出場するブラジリアン・プレーヤーのリストを頑張って作ってみましたデヤス、はい。ただし、本大会のみの数字です(予選にもブラジリアンはうじゃうじゃいましたが)。
名付けて「チャンピオンズを支えるブラジリアン・プレーヤー」。
04-05シーズンは総数:68名
05-06シーズンは総数:63名
そして
06-07シーズンの総数は83名と飛躍的な増加でした。こうなると、たぶん、国別選手登録ランキングのトップ3には確実に入っているとは思います(例年の1位はフランス)。今回は大会直前の移籍情報、非登録選手などのデータにまどわされないよう、一括して、UEFA公式サイトのみから選手名をチェックしてます(その方が楽だし)。何か間違いがあれば、ご指摘いただければ有り難いです。
では、さっそくリストへ。
グループA<7>
バルセロナ<5>:ベレッティ、エジミウソン、シウビーニョ、チアゴ・モッタ、ロナウジーニョ
チェルシー<0>:
ブレーメン<2>:ナウド、ジエゴ
レフスキ<0>:
グループB<11>:
バイエルン<1>:ルシオ
スポルティング<4>:アンデルソン・ポウガ、ロニー(?)、アレクサンドロ、リエジソン
インテル・ミラノ<4>:ジュリオ・セーザル、マックスウェル、マイコン、アドリアーノ
スパルタ・モスクワ<2>:ジェデル(?)、モーザルト
グループC<7>:
ボルドー<3>:エンヒケ、フェルナンド・メネガッツォ(?)、ウェンデウ
PSV<3>:ゴメス、アレックス、ジエゴ・タルデッリ
ガラタサライ<0>:
リバプール<1>:ファビオ・アウレリオ
グループD<14>:
ローマ<5>:ドニ、ジュリオ・ベルタニョーリ(?)、ロドリゴ・デフェンディ(?)、タッデイ、マンシーニ
バレンシア<1>:エドゥ
オリンピアコス<2>:ジュリオ・セーザル(?)、ヒバウド
シャフタール<6>:レオナルド、フェルナンジーニョ、マトゥザレン、エラーノ、ジャジソン、ブランドン
グループE<14>:
ステアウア<0>:
リヨン<4>:クリス、クラウジオ・カサッパ、ジュニーニョ・ペルナンブカーノ、フレッジ
レアル・マドリー<5>:ロベルト・カルロス、シシーニョ、エメルソン、ロナウド、ホビーニョ
ディナモ・キエフ<5>:ホドウフォ(?)、ホドリゴ、カルロス・コヘア、ディオゴ・リンコン、クレーベル
グループF<7>:
マンチェスターU<0>:
ベンフィカ<7>:モレット、アンデルソン、ルイゾン、レオ、アウシージス、ジエゴ・ソウザ、ベト
コペンハーゲン<0>:
セルティック<0>:
グループG<13>:
アーセナル<3>:ジュリオ・パチスタ、デニウソン、ジウベルト・シウバ
CSKAモスクワ<4>:ダニエウ・カルバーリョ、ドゥドゥ・セアレンセ、ヴァグネル・ラブ、ジョー
ポルト<10>:エウトン、ペペ、エゼキアス(?)、イブソン、アンデルソン、パウロ・アスンソン、アラン、ジョルジーニョ、アドリアーノ、ブルノ・モラエス
ハンブルク<0>:
グループH<10>:
ミラン<5>:ジーダ、カフー、セルジーニョ、カカ、ヒカルド・オリベイラ
リール<2>:ハファエル・シュミッツ、ミシェウ・バストス
アンデルレヒト<0>:
AEK<3>:エメルソン、グスターボ・マドゥッカ(?)、ジュリオ・セーザル(?)
総計:83選手。32チーム中23チームがブラジリアン保有。すごい数です。
それにしても、UEFA公式サイトの完成度の高さには感服します。あのマッチレポートの完成度、南米連盟はいつになったら、あのレベルに到達できるのやら。でも、どうせなら、UEFAさんもデータベース機能を使って国別選手リストを作成してくれたら、あっしの手間も省けるのに。
しかし、相変わらず、あっしにとって聞いたことのないブラジリアン選手の名前を見かけます(“?”マークの付いている人たちです)。彼等はどのような経路をたどってチャンピオンズにたどり着いたのでしょう。知っている人いたら教えてください。
「いつのまに駆け込んだの?」-PSVのジエゴ・タルデーリ(つい先々週ぐらい、ブラジル選手権でサン・カエターノの試合に出てた)。なんとデニウソンがプレミア、大丈夫か?と思いきや、天才ドリブラーと同名のサンパウロFCの若きボランチでした。 プレミアといえば、ファビオ・アウレリオはリバプール初のブラジリアン・プレーヤーなのだろうか。
「まさか、ブラジル人選手?」と言いたいのがローマのブラジリアン達。全員がイタリア系の名字なんだけど。何かの移民政策?イタリアからは、セレソンの両サイドが補充される可能性が高い、インテルのマイコンとマックスウェル、そしてローマのタッデイとマンシーニにも注目しよう。
一方、スペインの2大クラブのブラジリアン事情は対照的。破竹の勢いの王者バルセロナではブラジリアン・プレーヤーたちもロナウジーニョを筆頭に安定期へと。方や、カペロ監督新任早々のレアルでは、シシーニョ、ホビーニョ、ロナウドたちはベンチへと追いやられ、前途多難の様相。
今年のチャンピオンズは、将来のセレソンの10番候補となる2人にも注目が集まる。ブレーメンのジエゴとポルトのアンデルソン、この2人がどう自己をアピールできるか。
それに、ロシア・ウクライナ勢から、ドゥンガ・セレソンの中盤に新鮮な光が差す。CSKAモスクワのダニエウ・カルバーリョとドゥドゥ・セアレンセ。シャフタールのエラーノ、フェルナンジーニョ、ジャジソン。ディナモ・キエフのディオゴ・リンコン。とまあ、個人的にはここらへんを期待したい。
益々、世界最高のショーウィンドウ、チャンピオンズ・リーグ。ここで活躍できたブラジリアンたちは、間違いなく、セレソンへの最短距離を走る。
アンデルソン、まだ18才のこのボウヤは注目しましょう。

投稿者 fhasebe : 12:58 | コメント (22) | トラックバック
2006年09月06日
とりあえず合格
ブラジル2-0ウェールズ

こんな絵を書かれてましたが、ひとまず、落ち着きましたようで、ドゥンガさん。(画質悪くてスイマセン、アイスクリームが額に刺さっています)
試合記録:
Local: White Hart Lane, em Londres (Inglaterra)
Data: 5 de setembro de 2006, terça-feira.
Horário: 15h30 (De Brasília)
Árbitro : Mark Riley (Inglaterra).
Ássistentes: Shaun Green e Mark Yerby, ambos ingleses
Gols : BRASIL: Marcelo, aos 14, e Vágner Love aos 28 minutos do segundo tempo.
BRASIL: Gomes; Maicon (Cicinho), Alex, Luisão e Marcelo (Gilberto); Edmílson (Gilberto Silva), Dudu Cearense, Júlio Baptista (Rafael Sobis) e Kaká (Elano); Ronaldinho Gaúcho (Robinho) e Vágner Love.
Técnico: Dunga.
PAÍS DE GALES: Jones; Duffy (Edwards), Gabbidon, Collins e Bale (Ricketts); Davies (Vaughan), Nyatanga, Robinson (Fletcher), Giggs (Ledley) ; Bellamy e Earnshaw (Cotteril).
Técnico: John Toshack
ふーん、なるほどねえ…
ウェールズ戦は興味深かった。結論から言えば、あっしの感想ではロナウジーニョとカカのコンビは合わなかった。
パヘイラ氏の言う化学反応が起きないのね、この2人の間には。それとも、シーズン開幕時だから、トップコンディションでないのかしら。
イヤ、そんな弁明はもう勘弁してくださいよ。いま監督はドゥンガなの、コンディションがトップじゃないなら(ウェールズの選手やセレソンの同僚たちもたちも同じ条件じゃない)セレソンを辞退すればよかった。
ほかの選手達はよく頑張っていた、前線のヴァグネル・ラブ、センターバックの2人のアレックスとルイゾン(とくに後者)、右SBマイコン(扁桃腺腫れてたらしい)そして初登場、わずか18歳のモラエス君。
なかでも、とくに気に入ったのが、ドゥドゥ・セアレンセ。プレー自体はパスミスが多く、かなり荒削りな感じのボランチだったが、もの凄いセンスの持ち主だなあ、と思いました。柏レイソル在籍中のイメージがまったくありません。体がデカイくせに、タッチは柔らかく、当たりも当然強い。なのに、いたる所に出没して、ボールに絡む。ドリブルからフィニッシュまで自然に持っていける攻撃性。センスだけで言えば、近年のセレソンのボランチになかったモノを持っているようですよ。いまCSKAモスクワでプレーする23歳かあ…
ぜひ、ドゥンガ体制で開花してほしいものです。
まあ、試合前はロアウジーニョとカカのポジショニングを気にしてましたが、試合が始まると、お互い所属クラブと同じ位置:
↓ G・シウバ エジミウソン
↓
↓ J・バチスタ
↓
↓ カカ
↓ ロナウジーニョ
↓
↓ ラブ
2人のスーパースターを批判し続けるのもいささか面白くないものですが、一見、最適のようで、まったく機能しない前線でした。
ウェールズ戦の前半はW杯のセレソンの試合を観ているようにつまらなかった。後半、ホビーニョが入り、エラーノが入ったところで、チームに流動性が生まれ、試合が俄然面白くなってきた。
あっしにとって、このイギリス遠征のメンバーで組むなら:
↓ ゴメス
↓
↓ ルシオ(Cap) ルイゾン
↓ マイコン ジウベルト
↓
↓ ジウベルト・シウバ
↓
↓ ドゥドゥ・セアレンセ
↓
↓
↓ エラーノ ダニエウ・カルバーリョ
↓
↓ ホビーニョ
↓
↓ ラブ
↓ (フレッジ)
なんて、どうかな。あくまでも、個人の好みです。でもたぶん、このチームはめちゃくちゃボールが回りそう。とはいえ、ボール取られたら中盤でしっかり守ることもできる。ホビーニョのターンオーバー率(相手の選手の背後から来てボールを奪う効率)は以外と無視できない。
マイコンは体調が悪そうだったから残念だったけど、昨季のモナコの試合を観たかぎりでは、体の強さを生かした突破力がある。守備面ではシシーニョよりも段違いに安定している。というか、ここに間違いなくセビリアのダニ・アウベスが満を持して入ってくる。
しかし、これはジレンマですね。W杯敗戦後、セレソンの将来はカカとロナウジーニョが担うと多くの批評家が言っているわけですけど(カラザンスやトスタンも同じ)、あっしの観たかぎりでは、今のところそうでもなさそう。
むしろ、この2人は意外とスタイルが合わないかも。だって、ジーニョがボールを持ってもカカはスペースに飛び込まないし、カカが持っても、ロナウジーニョは突っ立ってパスを待ってるだけ。お互いに消し合っている、とまで思えちゃうほどに。2人が上手くいったシーン観た人いますか?
試合後ドゥンガは「ロナウジーニョ、カカとホビーニョの3人を同時に使うことは難しい」と言っていた。そうだろうよ。カカとホビーニョはアルゼンチン戦でも証明したように、ありえる、ありえる、アリエル・オルテガ…じゃあロナウジーニョはどうなるのよ?
そんなことよりも、あっしが願うのは、カカとロナウジーニョのコンディションに関係なく機能できるベースを作ってほしいな。セレソンの伝統から逸脱するけど、あるプレースタイルに選手たちの方をはめてみる。そう言う意味で、上のメンバーは何かのベースになるんじゃないかな。
アルゼンチン戦で垣間見れたような流動性。ドゥンガならやってくれそう。
ロナウジーニョとカカに関しては、これまでの大御所(ロマーリオ、ベベット、リバウド、ロナウド)たちがしてきたように、W杯後は事態を焦らず、ある程度セレソンと距離を置くのがいいかも。たぶん、彼等は何をやっても話題になるだろうけど、同時に批判も絶えないだろう。これまで、沢山喜ばせてくれたのに、ごめんなさいね!
ドゥンガとジョルジーニョ(ずっとスタジアム上段で携帯持ってドゥンガに情報を伝えているから、ベンチにはいない)の2人はヨーロッパに残って、「イタリア×フランス」を観戦、その後、フランスリーグ「ボルドー×ニース」を観戦、ボルドーには旧友ヒカルド・ゴメスが監督、ほか誰がいるんだろう?最後にドゥンガはスペインで「セビリア×レアル・ソシエダ」目下の注目はダニ・アウベスらしいけど、ルイス・ファビアーノやヘナトも発奮するだろう。そしてジョルジーニョはポルトガルに渡って「ポルト×エストレーラ・アマドーラ」戦、イブソンとアンデルソンを観るんだって。
そう。いっぱい、いっぱい選手を試してくださぁい

ドゥドゥ、荒削りだけど好きなスタイル
投稿者 fhasebe : 12:32 | コメント (34) | トラックバック
2006年09月03日
ドゥンガ最初の難関
オスロの次はロンドンです。新生セレソンは“国外ロンダリング”されてます。ブラジルでは試合しません。
それでも今日の相手はアルゼンチン、宿敵です。あちらも新監督が就任して燃えています。
こちらは、どうでしょうか。せめて、「気持ち」だけでも負けたくありません。
6月3日、ロンドン、エミレーツ・スタジアム(アーセナルのおニューのスタジアム)ブラジル対アルゼンチン
ドゥンガ監督の2試合目は強敵のなかの強敵。はたして、セレソンはどこまで戦えるか?
ブラジルの招集リストは:
キーパー:Fábio (Cruzeiro)、Gomes (PSV-HOL)
SB:Cicinho (Real Madrid-ESP)、Gilberto (Hertha Berlim-ALE)、Maicon (Inter de Milão-ITA)、Marcelo (Fluminense)
センターバック: Alex (PSV-HOL)、Juan (Bayer Leverkusen-ALE)、Lúcio (Bayern de Munique-ALE)、Luisão (Benfica-POR)
MF:Dudu Cearense (CSKA-RUS)、Edmilson (Barcelona-ESP)、Júlio Baptista (Arsenal)、Gilberto Silva (Arsenal-ING)、Elano (Shakhtar Donetsk-UCR)、Daniel Carvalho (CSKA-RUS)、Ronaldinho (Barcelona)、Kaká (Milan)
FW:Fred (Lyon-FRA) 、Robinho (Real Madrid-ESP)、Vagner Love (CSKA-RUS)、Rafael Sóbis (Internacional)
予想スタメンは、ロナウジーニョが怪我から回復中ということもあり:
Gomes, Cicinho, Lucio, Juan, Gilberto; Gilberto Silva, Edmilson, Elano e Daniel Carvalho (Kaka); Robinho e Fred.
はたして、カカとダニエウ・カルバーリョのどちらがスタメンで出るのだろうか。正直、ダニエウの方を見たい。エラーノがノルウェー戦に続いて、中盤の要を務める。前線も引き続きホビーニョとフレッジ。(日本のスポーツ新聞ではロナウジーニョとカカがスタメンと予想)
他は、右SBはレアルで試合に出ていないシシーニョに代わってマイコンという可能性もある。
ノルウェー戦は日本で放映がなかったから、あっしにとって、このアルゼンチン戦がドゥンガ・セレソンのお披露目だ。しかし、いきなり難関ですなあ。
ドゥンガは試合前の会見で「W杯メンバーは、この試合を利用してブラジル国民との信頼関係を回復すべきだ」と言っていた。たしかに、でも、場合によっては、さらに溝が深まるという事態もありえる。カカとロナウジーニョを途中交代で出すというやり方は、それが正しいのかも。
いずれにしても、最も注目すべきはエラーノとダニエウ・カルバーリョの2人の「極寒から来た」中盤(ウクライナとロシアクラブ所属ですので)。この2人の攻撃力もそうだが、守備力に注目したい。もともと、サントスとインテルでも、守備がきちんと出来た選手達だった記憶がある(ダニエウはほぼトップで使われていたが)。
それに、ホビーニョとフレッジのツートップの動きにも注目。W杯のツートップ(ロナウドとアドリアーノ)とは、かなり違うモノが見れそう。ノルウェー戦では、フレッジがとくに良かったと聞く。
「やっぱり、ヨーロッパ勢を呼ぶのね」とマスコミは嘆いたが、前のセレソンの良い部分、つまり守備陣を継承し、小さな変化を加えていくところに、ドゥンガの求める新しいものが見られるかもしれない。(今夜、ケーブルチャンネル、フジ739で23:50から)

「とにかく、アルゼンチンには負けられねえ!」