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2006年08月24日

ドイツW杯-敗戦の記録、パヘイラの言葉

ドイツW杯の敗退から二月が経とうとしている。そろそろ落ち着いて、今回のW杯のブラジル代表の参加は何だったのかを考えてみたい。そのきっかけを与えてくれたのが、先週パヘイラ元代表監督のインタビューだった。

ともすれば、個人的にあれだけショッキングな敗北の原因を探り出す作業なんてのは、ああでもない、こうでもないと、(日本代表の敗戦を語るときの)殆どのサッカーライターが陥ってしまっている「結果論」に終始してしまいそうだ。

しかし、ここではフォーメーションや戦術(あっしの嫌いな「システム」という機械用語も含めて)とか、個別の選手のつぶさなコンディションや技術的な不適正について細かいことをいいたくない。というよりも、そんなことを言うほどあっしはサッカーに精通していない。

あっしは、たんなるサポーター。そのサポーターからの視点で、今回のセレソンのふがいなさを語りたい。数年経った後でも、ああ、当時はあんなことがあって、人々はあんな気持ちになったのだな、と思い出せるように。

文豪ネウソン・ホドリゲスは言った「チームというものには、息吹(elan)がなければ何もはじまらない」と。さらに「試合はピッチで勝つのではない、勝敗は試合前の控え室ですでに決まっているのだ」と。強いチームには何か特別なものが宿っている、と。

そういう観点から見れば、ドイツW杯のセレソンは、どの試合も負け試合だった。彼等がたたずむピッチには「息吹」は感じられなかった。じゃあ、なんで、4連勝もできたのか?それは、他のチームがかなり弱かったから(日本代表にはスイマセン)。ようやく互角に戦えるフランスが立ちはだかると、セレソンはあえなく敗退した。

「このW杯を観ろ、スーパーチームなどいない、ブラジルに優勝してくださいと言わんばかりなのに、それをみすみす逃してしまった」とは、オ・グローボ紙のベテラン批評家マウリシオ・プラド氏。彼はまだ、高飛車な物言いができただけ、ダメージが少なそうだ。

「2006年のセレソンは、50年、66年、74年、90年のセレソンたちの失敗を、すべて兼ね備えた、歴史に残るダメ・セレソンだった」と、ここでもう辛辣なのは、フォーリャ・デ・サンパウロ紙のペロン氏。この人の歴史観はアテにできる。

あっしの好きなカラザンス氏にいたっては「こんなのはブラジル・サッカーじゃない。唯一、輝きをみせたのが日本戦のチームだったが、パヘイラ監督はそれを嫌うかのように、二度とあのスタメンを繰り返さなかった。パヘイラよ、さっさと失せてくれ」と、敗退翌日に決別の言葉。スイス合宿中、パヘイラ監督とカランズ氏の意気相合としたディナー・インタビューを読んだときは、これほどまでの失意の言葉が並ぶとは予想しなかった。

同じく、そのディナーに参加していたトスタン氏も「面白いもので、敗北の直前まで、すべてが素晴らしく上手くいっていた、とマスコミに評価され、負けたとたん、全てがおかしかった、と酷評される。今回のセレソンは、準備段階であきらかな落ち度があった」と元選手らしい立場から、心情を語っている。また、自身が体験した66年イングランド大会の敗北に重ね合わせ、「66年のときの国民の落胆の方が、実は、いまよりも遙かに大きかったと思う。あのときのペレへの期待は、いまのロナウジーニョを超えるものがあった」と言っていたが、あいにく、あっしには66年のことはわからない。

そして、ブラジルサッカー界のご意見番アルマンド・ノゲイラ氏に関しては「セレソンは大御所プレーヤーたちによって人質にとられた」と、つまりパヘイラ監督はまったく調子の上がらないカフー、ロベカル、ロナウド、ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノといったネームのある選手たちをベンチに下げる勇気がなかった。スター選手たちのご機嫌取りに回った、と酷評している。

このノゲイラ氏の指摘が、いまのドゥンガ体制の出発点となっているのは明らかだ。いまドゥンガは「私のセレソンでは特別待遇を受ける選手はもういない」ときっぱり言いのけている。

こうやって、すべての批評が出そろったところで、ここにきてブラジル代表を離れたパヘイラ氏が8月12日付(たぶん、日付やや不明)のオ・グローボ紙のインタビューで敗退後の心情を語った。この記事の内容は新鮮だった。いつも議論を避けるように、構えて話すパヘイラ氏だが、今回はやっと彼の本心が聞けた気がする。以下、抜粋文:

“もちろん、我々はもっと沢山のことができたはずだ。でも、なぜかチームに必要な「化学反応」が起きなかった。あの一瞬にして「これだ!」と互いに通じ合う、あのフィーリングが選手たちの間で不思議にも生れなかった”

“要は、満腹状態で晩餐に呼ばれたということ。満腹なら、どんなに美味しそうなキャビアが出てきても、食べる気は起きない。その逆に、空腹なら、たとえ、ただのバタートーストを出されても、美味しい、美味しいと言って食べるだろう”

“敗因を探せば、数限りなくあるだろう。でも、あえて言うなら、チームはブラジル現地で合流して、ブラジル国民の熱気を近くで感じるべきだった。実は、今回のチームは(CBF恒例の)記念の集合写真というものが無いんだ。歴代の代表チームで唯一ない”

“我々の準備期間は正味15日間だった。なのに、ある選手は体重を5キロオーバー、別の選手は10キロオーバーで合流した。規定上、怪我以外では、彼等を替えることもできない”

“ロナウジーニョにのしかかった重圧は、あのとき彼と同じ境遇にいなければ理解できない。彼は、それまで無数のテレビCMに出演し、雑誌の表紙を飾っていた。チームへの重圧はすさまじかった、けれど、ロナウジーニョ個人への重圧はそれ以上だった”

“カフーとロベカルの両サイドバックを替えていたら、勝つチャンスは高まったかって?そんなの誰が保証してくれる?現場の人間はそのとき、そのとき決断しなければならない。その後に、批評家たちがノコノコ出てきて「ああすれば良かったのに」と言う。私が決断するおかげで彼等は批評できる、その逆の現象(批評家たちが決断すること)は起こりえない”

“フランス戦のアンリのゴールは、確かにロベカルは背丈で劣るアンリをマークする必要はなかった。あのときアンリをマークする役割は長身のジウベルト・シウバかカカだったけれど、ロベカルにも戻ってスペースを埋める役割はあった。だから、彼が否定しても、彼にも失点の責任はある”

“勝てば選手たちがもてはやされて、負ければ全てが監督の責任なのか?ロナウド、アドリアーノ、カカ、ロナウジーニョたちには敗戦の責はないのか?”

とまあ、けっこう本音トークだった。ちなみに、体重5キロ超過の選手はアドリアーノ。10キロ超過の選手はいうまでもなく、ロナウド。「化学反応」、「満腹状態」けっこう、面白いこと言ってくれるじゃない。
パヘイラさん、南アフリカ代表監督就任おめでとう&グッドラック!応援するぜ!

ロナウジーニョへの重圧というのは、つまり、合宿中ずっと彼を取り巻いていたスポンサー陣のこと。ここは、お茶を濁した言い方になったが、代表団の帰国後、テイシェイラ会長は「これから合宿中は、スポンサー関係者のホテル内の出入りを制限する」(実現するかどうかは別話)と言っていたことからして、ほとんどの看板選手には、スポンサーの人間がコバンザメのようにくっついて、サッカーとは関係のない商談に花を咲かせていたことだろう。

「優勝すればあんなプロモーションをしようよ、君にはぜひ、大会MVPをとって欲しいね」なんて、勝手なこと言われてたのだろうか?とんだ失態に終わるとも知らずに。

ブラジルが敗退したあと、こうしたビジネスマンたちが自分たちの「商品」(つまり選手)が罵倒されるのを避けるために、ドイツ現地でチームから離脱させ、ほとぼりが冷めるまでブラジルに帰国しないよう促したのは、安易に想像できるだろう。それが、どの選手たちだったかは、W杯前のスポーツ誌の広告を見渡せば、誰にでもおよそ予想がつくだろう。例外は一人もいない、悲しいことに。

パヘイラ元監督の言うとおり、国民の期待や、悲しみを知らないまま、肌身で感じないまま、彼等はあの場を凌いだ。こんなことは史上初めてなのではないか?それにしても、チーム写真すらない、という横柄ぶりだったのか。

そんな一部の選手たちは、いったいドイツに何をしに行ったのだろうか?サッカー、それとも金儲け?彼等は、今後、セレソンで何をしたいのか? いずれにしても、彼等はもう一度、証明しないといけない、伝統あるセレソンの一員にふさわしいことを、少なくともあっしには。

その一人がロナウジーニョだ。バルサに戻ってニコニコプレーを復活させたって、一部のブラジル人は納得しない。そんなに重圧があったのか?じゃあ一言「あんなにものCMや雑誌の表紙を飾らなくなくたってよかったんじゃないか?あんたはモデルタレントか?」、「いずれにしても、それはアンタの問題、サッカーとは関係ないはずだよ」。

ブラジルのマスコミすら直接批評しえなかったスポンサーの悪影響について言及したこと、パヘイラ監督の言葉がずっしりと重みをおびるゆえんである。

日本の人々は大げさだと言うかも知れないだろうが、こういった事実を受け止めた後では多くのセレソン・サポーターが失意のドン底に落とされたのも頷ける。そんなところにドゥンガの代表就任があった。ここから、ブラジルサッカーは大きく変われるのか?それとも、さらなる落胆を生むのか、それはこれから証明される。

以上で、セレソンがドイツW杯敗退のとき、とりまかれていた状況を、個人的な見解から記録しておきました。しかし、あのときはホント悲しかったヨ。

投稿者 fhasebe : 01:18 | コメント (35) | トラックバック

2006年08月17日

Internacional ! Internacional !

インテルナショナウ!インテルナショナウ!インテルナショナウ!

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投稿者 fhasebe : 12:11 | コメント (12) | トラックバック

2006年08月13日

ぼちぼち、やり直そうか

<スイマセン、我がインテルの優勝祝いと前後してしまいましたが、このエントリーは8/13に書いたものです>

姿をくらませていました。

1ヶ月以上、サッカーのことを考えないで過ごしていました。
今年はW杯が終わるまでの期間、あまりにもサッカーだけに没頭していたから、余計なことを考えないで、なおざりにしていた日常のいろんな小さなこと、楽しいことをもう一度、見なおしていました。

あらためて、ビートルズの名盤を聴き直したり、マリーザ・モンチ(ブラジルの女性歌手です)のニューアルバムを聴いたりしていました。テレビドラマは主に洋モノで、いま「ロスト」(無人島へ不時着)と「オズ」(刑務所の物語)にハマっています。読書はあまりしませんでしたねえ、「聖書」を読み返したくらいかな。あっしは信者ではありませんが、あの書物には素晴らしい言葉が記されている(「オズ」の影響あり)。

ゲームもハマりました「真・三国無双4エンパイアーズ」-中国大陸の覇権をかけた凄惨な殺戮です。それから、8月初旬はもっぱら、NHKの戦争ドキュメンタリーをかたっぱしから観ています。サッカーを断つと、戦争をしたくなる習性なのかしら、悲しいね。

そんなころ、ブラジルでは、あっしの応援するインテルナショナル絡みの話題で盛り上がっています。

まず、あっしの崇拝するドゥンガが代表監督に抜擢されました。とはいえ、ファウカンのときのトラウマがありますから(セレソンと日本代表のときと合わせて、ダブル・トラウマ)手放しでは喜んでいません。残念ながら。

リベルタドーレス杯は日本で放映された分は全部観ています。とうとうインテルが1stレグ、アウェーでサンパウロFCを下し南米王者カップに王手をかけました。コロラード(インテル・ファンの愛称)には信じられない、夢のような話です。2ndレグは、今週木曜日午前(日本時間)。ホームで引き分けれ以上で優勝。クラブ史上最高の快挙、ホントに日本に来ちゃうのか?

てなわけで、セレソンのW杯での失態後、インテルファンのあっしは他のブラジリアン・サポーターよりも実は励まされることが多かった。インテルの快進撃のおかげで、ホントに早く立ち直れました。聖書から引用すれば、インテルナショナルは昔から「ブラジルサッカーの塩」だった。派手さはないけど気骨があり、苦しいときにこそ頑張るのがインテルナショナルというクラブ、インテルの選手たち。

セレソンが敗退したあとの落胆は予想以上に大きかった。あれから一月半が経ち、インテルナショナルのおかげでサッカーへの情熱を徐々に取り戻しながら、落ち着いた気分で考えてみた-あのセレソンに何を期待し、失望したのか。

単純なのは、あっし自身がブラジルサッカー特有の「優位性」を信じていたこと。「ブラジルのサッカー選手には他の国の選手にはない、芸術性に満ちた特別なものがある。それゆえに、ブラジルはサッカーというスポーツの王者たりえる」といったブラジルサッカー原理主義論。もっと厳密に言えば、サッカーというスポーツを通して、ブラジル文化・国民の「優位性」を証明したかった。

たかがサッカーなのに。とはいえ、これは、全世界の人々が自国に対して抱く感情だろうし、それがスポーツという、実質いま、大きな戦争のない時代の民族間の競争手段が背負っている宿命だと思う。殺し合いよりも、球をおっかけた方が人類にとって良いに決まっている。

あっしに関しては、まあ、自身が信じていた「ブラジル特有の優位性」を傷つけられた、ということ。いま思えば、かなり自信過剰になっていた。いや、いまでも、W杯を優勝したイタリアよりもセレソンの方が上だと、疑わない。まあ、その過剰さがすべてのレベルで蔓延し、敗因となったのは言うまでもないけど。

今回のイタリアやフランスのように、1点取ったらすぐに守りに入ってカウンターを狙うスタイルが主流になってしまったことを嘆きたい衝動にも駆られるが(もとはユーロ2004のギリシャが悪い)、今後、このスタイルがどう蔓延していくかを見守っていくつもりだから、いま、あえて声高に訴える必要もない。

セレソンの主力選手たちにはガッカリさせられたけど、もう、いまさら批判的なことは言いたくない。彼等の多くは代表チームから引退するだろう。それに、セレソンが敗退しても彼等の世界的な名声にはキズはついていないようで、正直、彼等にはセレソンでリスクを負うのではなく、もっと効率的な金儲けをしていればいいじゃない、とあっさり言いたい。

ブラジル代表は、ブラジル国民の期待を背負って戦う意志のある選手たちだけで結成してほしい。これは、みんなが思っていること。じゃあ今後はそうなるのか、と思いきや、まったく旧態依然のままです。

年内のセレソンの試合はどれも国内ではなく、ヨーロッパでやるそうだから、もうここでスポンサーの力に屈服している。スポンサーはセレソンの対戦相手と場所を決め、注目を集めるために必要なスター選手の招集を要求する。

「ブラジルの試合を観たい人が世界中にいるのだから、良いことだ」と言う人がいるけど、あなた、新星オシムジャパンのお披露目がノルウェーのオスロだったら、いささか寂しい気はしませんか?それにスポンサーが注目を集めるために中村俊輔を絶対招集しろ、とか要求したら?

そんなことがまかり通るブラジルサッカー連盟(CBF)はとんでもない伏魔殿ですよ。ドゥンガの努力が水の泡に帰すことになってもCBFの誰も屁とも思わないでしょう。噂では、08年のフェリポンへのつなぎという見方もありますから。「ブラジルサッカーの優位性」とやらは良いように利用されるのです。

わしのドゥンガをコケにしたらCBFはタダじゃおかねえぜ!ってな意気込みです。

そんなことで、今後のなりゆきによっては、セレソン離れに拍車がかかるかもしれない。ブラジルでは、サッカー好きな人の一部はセレソンが嫌いな人がいる。ブラジル代表の実体を知れば、彼等の気持ちは分らなくない。

最後に、私が不在の期間にコメントしていただいた、ヒロさん、Hirobinhoさん、KENBOさん、せっかくご意見を頂いたのに返答しなくて、大変、失礼しました。今後も、こうした失踪事件はあるでしょうか、どうかお許し下さい。

投稿者 fhasebe : 20:26 | コメント (2) | トラックバック