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2006年05月31日
なんだこれは?
いやあ、やっぱほかのブロガーと接するべきですなあ、
こちらの記事で教えていただいたのですが、ZICOさん:
http://watchers.nifty.com/0530000169/1.htm
このリンクには、ブーッ、て感じでぶっ飛んだ。
ペレですよ、王様ですよ。
サッカー史上最高の、地上に存在した最高のサッカー選手ですよ。疑いの余地はない。
この動画観て、ペレの利き足を当てることのできた人がいれば、おめでとう!

PELE ! PELE ! PELE !
投稿者 fhasebe : 00:42 | コメント (18) | トラックバック
2006年05月29日
サポスタ・ウォッチャーズ
W杯は選手だけでない、サポーターのもの!
そんな意気込みのなか、
「Sports@Nifty-サポスタ・ウォッチャーズ」からのお誘いを受け、W杯開催中に参加することにしました。
ネットで展開される熱ーいワールド・カップ。たくさんのブロガーたちも参加していて、盛り上がりを見せそう。
今日5月29日からオープン。ちなみに、セレソン・サポーターはあっし一人のようですなあ。
この企画、誰でも参加できるようなので、ぜひ、みなさんも参加してみてください。
See You at Saposta!
Te vejo la na Saposta!
投稿者 fhasebe : 19:37 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月27日
さようなら「ガーヴィアの10番」
ジーコの日本代表監督として最後の出陣、ちょっと感動した。

ここ4年足らず、いろんなことがあったなあ。
ジーコは日本代表の指揮をとっていても、どんなに大変なときも、ほんとにブラジルらしさを失わなかった。改めて、彼の凄さを思い知らされた。
ジーコさん、尊敬します。ジーコに栄光あれ!!

*「ガーヴィア」とは、フラメンゴのクラブがある地名。「ガーヴィアの10番」といえば、今も昔もジーコのこと。
『カミーザ・デース・ダ・ガーヴィア』、ジーコへのオマージュ曲
ジョルジ・ベンジョール、アルバム『アフリカ・ブラジル』(1976)
エリア手前でファウルだ
フリーキックを蹴るのは、
ガーヴィアの10番
ガーヴィアの10番

躍動するリズム
知的な運動神経
ありえないロングパスとドリブル
マリーシアあるシュートは、まばゆいストロボのようだ
さあ、またゴラッソで、ネットを膨らますのか、
さあ、またゴラッソで、ネットを膨らますのか、

エリア手前のファウル
フリーキックを蹴るのは、
ガーヴィアの10番
ガーヴィアの10番

キンチーノの雄鳥が来た
とてつもないガッツ、信念と愛をあわせ持つ、
完璧な選手ではないが、
そのすばぬけた知性でいつも目立ってしまう

たとえ、プレーが思い通りにいかないときも、
どこかから、必ずインスピレーションを見つけ出してくる
彼のゴール、ボールタッチ、攻撃の組み立て方、といったすべてのものは、
イギリス人が考えついた、このゲームの愛好家たちを喜びで満たす
エリア手前でファウルだ
…

投稿者 fhasebe : 22:43 | コメント (22) | トラックバック
2006年05月19日
ちょっと、いい写真
バルセロナ、チャピオンズ優勝おめでっとさん!

“イウリアーノ・ベレッティ”の「スピリット」みせてもらった
投稿者 fhasebe : 10:51 | コメント (20) | トラックバック
2006年05月17日
セレソン通になろう
もはや、このW杯シーズンに知らない人はいなくなったブラジル代表、我らがセレソン。
「ブラジル代表ご存じ?」
「まかせろって、ロナジーニョ、カカ、ロナウド、アドリアーノ、んたら、かんたら」
とまあ、電車に乗ってても、隣からこんな会話が聞こえてきて、コショバイ気持ちにさえなる今日この頃。
ちょっと、あなたもセレソン通、それもかなり無意味な“通”を気取ってみませんか?
ひょんなことから、というよりも、今回のメンバー発表で愕然としたのは、選手たちの所属クラブが90%以上がヨーロッパだったこと。
レアル、ミラン、バルセロナ、インテルナッツィォナーレ、リヨン、ってさ…ブラジルはどこいった?
あっしは、FIFAへの参加メンバーの登録を「原産地表記」にしてほしい。つまり、デビューチームということ。
そうすれば、代表リストも、こんな感じになる:
(こちらにコメント頂いてます、ヒロさん、SELECAOさん、peixeさん、tomo japonesinhoさん、たちのご協力ありました)
キーパー
ジーダ/ビトーリア
ホジェリオ・セニ /シノップ
ジュリオ・セーザル/フラメンゴ
センターバック
ルシオ/ヘガタス・グァラ
フアン/フラメンゴ
ルイゾン/クルゼイロ
クリス/コリンチャンス
サイドバック
カフー/サンパウロFC
ロベカル/ウニオン・サン・ジョアン
シシーニョ/ボタフォゴ(サンパウロ)
ジウベルト/アメーリカ(リオ)
ボランチ(カベッサ・ジ・アリア)
エメルソン/グレミオ
エジミウソン/キンズィ・ヂ・ジャウー(サンパウロ)
ジウベルトシウバ/アメーリカ(ミナス)
ゼ・ロベルト/ポルトゥゲーザ
MF
ロナウジーニョ/グレミオ
カカ/サンパウロFC
ジュニーニョ・ペルナンブカーノ/スポルチ・ヘシフェ
ヒカルジーニョ/パラナ・クラブ
FW
ロナウド/サン・クリストーバン(フットサルでは、ソシアウ・ハモス・クルービでデビュー)
アドリアーノ/フラメンゴ
ホビーニョ/サントス
フレッジ/アメーリカ(ミナス)
とまあ、いかにもブラジルらしい、広大な国土を想像させるクラブ構成となりました。メデタシ
全国地図:(作成予定)
しかし、こう見ると、ブラジル・サッカーの根底も、実は、小規模なクラブによって支えられていることが明るみになります。(どこか、事実にそぐわないプロ出身クラブがありましたら、どうぞ御指摘ください)
これで、みんなでセレソン通を名乗ってみることもでます。
誰も、とりあってくれないかも、しれませんが。
でも、ある意味、通に違いない。
投稿者 fhasebe : 00:43 | コメント (17) | トラックバック
2006年05月16日
23人出た
出ました、セレソン。
キーパー
Dida (Milan)
Rogério Ceni (São Paulo)
Júlio César (Inter de Milão)
サイドバック
Cafu (Milan)
Cicinho (Real Madrid)
Roberto Carlos (Real Madrid)
Gilberto (Hertha Berlin)
CB
Juan (Bayer Leverkusen)
Cris (Lyon)
Lúcio (Bayern de Munique)
Luisão (Benfica)
MF
Edmílson (Barcelona)
Emerson (Juventus)
Gilberto Silva (Arsenal)
Zé Roberto (Bayern de Munique)
Juninho Pernambucano (Lyon)
Kaká (Milan)
Ronaldinho (Barcelona)
Ricardinho (Corinthians)
FW
Ronaldo (Real Madrid)
Adriano (Inter de Milão)
Robinho (Real Madrid)
Fred (Lyon)
ホッキ・ジューニオル、マルコス、グスターボ・ネリ、ジュリオ・バチスタ、ヒカルド・オリベイラなどが外れる。リヨンのクリスが滑り込みセーフ。
投稿者 fhasebe : 00:13 | コメント (14) | トラックバック
2006年05月13日
忘却のクラッキたち
人々はなぜ、過去のクラッキたちと、今のクラッキたちを比べたがるのだろう。
過去はクラッキたちの宝庫だ。
ただ、本当に彼等と時代をともにし、彼等を愛し、そのプレーに心酔したなら、彼等を格付けする必要もないだろうに-と、あっしは思う。
これはまた、ブラジルの“サッカー伝統主義者”たちの意見であり、その考えを代表するコラムニストの一人がオ・グローボ紙のフェルナンド・カラザンスである。
そこで、今回は、勇気を出して彼のコラムの一部を翻訳してみた。ただ、著作権に触れるから、引用という形で、全文は掲載できない。向うのサッカー・ライターの考えに触れるいい機会だと思う。
オ・グローボ紙2006年4月21日、「フェルナンド・カラザンス・コラム」
“…
今また、人気プレーヤーたちを過去のスーパースターたちと比較するという趣向が再熱している。現在のプレーヤーたちが大活躍していようが、それほどでもなかろうが、とにかくペレとマラドーナと比較してみる、という趣向だ。しかしまあ、比較といえば、尺度となるのは決まって、この二人だ。彼等以外に存在した、何十人という過去のスーパースターたちはどうなるのだろう、サッカーの歴史のなかで葬り去られていくのだろうか。
そうだ、過去の無数のクラッキたちは忘却の運命をたどっている。いとも簡単に、まるで存在しなかったかのように、そのプレーで人々を興奮させたことなど無かったかのように、世界中のサッカーファンの記憶の中から彼等は消えていくのだ。人々が知るのは、ペレとマラドーナ、この二人だけ。そして、今日の人気プレーヤーたちは、この二人と比べて、どのレベルにあるのか、それだけが重要になってくる。サッカーという巨大な宇宙は、進化の末、この二人の存在だけに集約されてしまった。百年以上の歴史のなかで、二人のクラッキしかいない:ペレとマラドーナ。
もちろん、この二人は文句なしのタレントであった、だが、彼等にだけ議論を限ってしまうことは、実は、サッカーの歴史を短絡的にし、貧しくしている、と考えることはできないだろうか。この二人を基準にサッカー史を語ろうとする人々は、過去の名選手を葬っただけはなく、サッカーの歴史そのものを抹殺しているのではないだろうか。
プシュカス、ディ・ステファノ、(ホセ・マヌエル)モレーノ(注:40年代、50年代のアルゼンチン人プレーヤー)、ジジーニョ、レオニダス・ダ・シウバ、ガヒンシャ、ジジ、ニウトン・サントス、スタンリー・マシューズなどなど、彼等すべてはサッカーファンの記憶から消え失せようとしている。残るのはただ二人、ペレとマラドーナのみ。それと、彼等に挑戦しようとする、その時々のニューカマーズだけだ。なぜそうなる?なぜなら、ペレとマラドーナは議論の余地のない天才だったから、と人々は言う。でもそれなら、ガヒンシャとディステファノの二人も議論の余地のない天才だった。彼等を互いに比較するまでもない。
せめて、国内に豊富なサッカー史を誇る我々ブラジル人だけでも、こんな短絡的な比較は避けたいものだ。だいたい、ペレとマラドーナを同レベルと見なすこと自体、どうかしている。しかし、現実には、我々もいやおうがなしに、このワールドワイドな流行に引きずり込まれてしまっている。
その流行の発端となったのは、他でもない、彗星のごとき台頭してきたロナウジーニョ・ガウショだ。もちろん、ロナウジーニョはサッカーのために素晴らしい貢献をしてくれている-ゲームに、あの芸術性をまた取り戻してくれた。しびれるように楽しい、微笑みのサッカーを。
いまや、荒々しく、むっつり顔をした男達で競われるサッカーで、ロナウジーニョは笑う。笑いながら美技を繰り返し、観客そして相手選手までをも虜にしてしまう。
ただ皮肉なことに、本人は最善を尽くしているものの、知らないうちに、歴代のスーパースターたちを追いやるのに一役を買ってしまった。いま、サッカー史に存在する天才は3人だけ。一人目は、もちろんロナウジーニョ、彼がいなければ過去との比較が成り立たない。次にペレとマラドーナの二人。その理由は何か、それは比較する人々の「無知」だ。この3人の範疇に議論をとどめる人々は、実は、この3人しか観たことがない、または聞いたことがない、または崇拝したことがない人々だ。彼等の前に存在した天才たちのことは、まったく知らない。
先日、35歳のカフーが、インタビューでサッカー史に残る大スターについて語っていた。そこで出てきた名前は、もちろんペレとマラドーナ、それに驚くことに、ディ・ステファノの名前も加えた。模範的な歴史への配慮だと言えなくもないが、しかし、なぜディ・ステファノなのだろうか。カフーはいま35歳で、ディ・ステファノを観たはずはない。ひょっとしてディ・ステファノのDVDか、記録テープを観たのだろうか?
そもそも、カフーにとって、ディ・ステファノでなくて、ガヒンシャやジジーニョでも良かったろうに。なぜなら、本当は彼はこの3人のうち、誰一人も観ていないのだから。
はっきりって、彼はマラドーナの前に存在した天才たちの誰一人も、観ていないはずだ。だから、カフーがサッカー史に残るプレーヤーたちの名をあげること事態、ナンセンスなのだ。
これこそが、最も重要なポイントだ。いま生きている我々のなかで、誰が歴代の天才たちを比較できるほどの見識の持ち主なのだ?読者のなかで、誰かジジーニョを観たことがあるだろうか?私はない。でも、ペレは、ジジーニョこそが彼にとって最大のアイドルであり、師匠だった、と認めている。それに、レオニダス・ダ・シウバ(バイシクル・シュートの生みの親)を観た人達は、彼はペレに劣らないほどの天才だった、と口を揃えて言う。天才は何人いるのか、さあ数え直してみよう。
これからも、人々は今の選手たちを過去のスーパースターたちと比較していくだろう。それはそれで面白いことであり、議論は大いに盛り上がりを見せるに違いない。だが、その実は、こういった比較こそが、素晴らしく豊富なサッカーの歴史を、逆に小さくしてしまっていることを、忘れてはならない。
…”
過去のクラッキたちを知っていなければ、格付けできない。
知っていれば、誰が誰より上手かったか、など考える必要はない。

投稿者 fhasebe : 09:48 | コメント (10) | トラックバック
2006年05月11日
俺は、ここだー!!
ルイス・ファビアーノやりおった、最後の最後で仕事をしおった。

変な顔しとんなあ
セビリア4-0ミドルスブラ、UEFA-CUP決勝戦、ファーストゴール。
セビリア大優勝!!ダニエウ・アウベス、ヘナート、アドリアーノ(左MF)、おめでっとさん!!

UEFA杯は、いまやブラジリアン・パーティーやで~!!
投稿者 fhasebe : 23:16 | コメント (21) | トラックバック
2006年05月10日
嬉しそう
前節ゴールを決めたカフーの表情、よっぽど、嬉しかったんだねえ。

あんたは、間に合ったんだね!
もう何も言わない-ただ、応援してるぜー、カピタオン!
投稿者 fhasebe : 09:41 | コメント (12) | トラックバック
2006年05月07日
ヘシフェのクラッキ
今回は観光の話から入ります。
ブラジルで最も美しい海岸都市のひとつ、北東部の都ヘシフェ。

こんな美しい街からも、クラッキは出現する。
今季、ヨーロッパのサッカーシーンを沸かしたジュニーニョ・ペルナンブカーノ。それに、1999年世界最優秀選手賞およびバロンドール受賞者リバウド。

ジュニーニョ・ボウヤ
ちょこっと、歴史の話をすれば、「Recife」=へシフェ(日本ではレシフェと読まれる)とは、英語の「リーフ」、「珊瑚礁」という意味で、写真からもわかるように、町の白い砂浜に沿って珊瑚礁が所どころ、延びている。

そのおかげで、海岸線の波はいつも穏やかで、16世紀、ポルトガルの航海士たちが、ここを停泊所として選んだのであり、今はリゾート地としても最適の景観を誇る。この、海と都会の融合というのが、世界を見渡してもあまりなく、それほど進んでいない観光地化も幸いして、素朴さを残した海岸都市を実現している。
あっ、位置的にはここ。地図上では、ヨーロッパに近い。

もとは、16世紀のポルトガルによるブラジルの植民地化が本格的にはじまったのが、このペルナンブーコ州であり、17世紀には、オランダ人の占領を受けて、町として発展したのが、このヘシフェなのである。
文化的にもブラジル有数の伝統があるので、あっしもヘシフェ出身の知り合いが何人かいるが、みなさん高い教養をもってらっしゃる。街の推定人口は150万人ほど。

ゆったりとした町並みと自然、落ち着いた雰囲気の人々、そしてなかなかコスモポリタンな面も持ち合わせる街なのである。
この街が生み出した才能には、文豪ネルソン・ホドリゲスや、日本でも著書のある歴史小説家ジルベルト・フレイレ。音楽でも、フレーボという独自のカーニバルリズムがあり、北東部音楽を代表する歌手アウセウ・バレンサ、ジャズ界で知らない人はいないパーカッショニスト、ナナ・バスコンセロス、それに日本でもにわかに人気のある新鋭ミュージシャン、レニーニなどがいる。

あっしの大好きなレニーニのアルバム『アンダープレッシャー』
あっしも、何度かこの街に足を運んだことがあるが、素晴らしい街だなと思う。サンパウロのコンクリートジャングル、リオの喧噪とは違って、治安もよく、一年中、温かい気候、食べ物も魚介類が多い(ただし、油もよく使う)。もちろん、美女たちはスタイル抜群で、結構、友達になれちゃうんだな、これが、ムフフ。

夜は、こんなビーチ沿いのバーにいって、恋に落ちようもんなら、住みついちゃうよ、もう。
街には、伝統あるサッカークラブが三つある、スポルチ(ジュニーニョ・ペルナンブカーノ出身)、サンタ・クルス(リバウド、ヒカルド・ホッシャ出身)とナウチコ。ただし、どのチームも経営難にあり、残念ながら、いまブラジルレイロンのセリエA(最上位リーグ)にいるのは、サンタ・クルスのみ。

スポルチ・ヘシフェのホーム・スタジアム「イーリャ・ド・ヘチーロ」、5万人キャパ。
この街を紹介することで、やはりジュニーニョ・ペルナンブカーノへのオマージュにしたかった。ヘシフェの写真を見て、ジュニーニョのあの摩訶不思議なFKについて、何か手がかりを見つけてもらいたかった。なんて、関係ないか。
もちろん、リバウドにも敬意を表わしたい。リバウドに関して細かく言えば、実は隣町の出身だが、ヘシフェのクラブ、サンタクルスに通いながらサッカー選手になったから、まあヘシフェ出身ということで。

サンタクルス時代のリバウド
W杯目前のいま、世界中のマスコミがブラジル・サッカーを取材している。しかし、そのほとんどが、リオ、サンパウロまたは選手たちのいるヨーロッパになる。そんななか、今年はじめにフランスで放映されたジュニーニョ・ペルナンブカーノの特番は、休暇中にヘシフェに戻ったジュニーニョを追っかけた内容だという。

あっしは、ネット上で、ほんの一部しか観れなかったが、ジュニーニョがヘシフェ近隣の美しいビーチを紹介している和やかなシーンがあった。フランスの人々は、リーグ・アン屈指のスター選手が育った美しい環境を知ることが出来て、うらやましい。

日本の制作者たちにアドバイズしたい。ジュニーニョ・ペルナンブカーノのフリーキックと、ヘシフェの美しい風景を取材してくれたら、あっしは喜ぶよ。
なにはともあれ、ジュニーニョは間違いなく、セレソン・メンバーのなかでも、美しい街に育ったと自慢してもいい、あっし的にはど真ん中の風景。

投稿者 fhasebe : 19:08 | コメント (10) | トラックバック
2006年05月04日
「セレソン、秒読み段階」
ドイツW杯に参加する各国代表チームが登録選手リストを発表する5月15日まで、いよいよ2週間を切った。優勝候補の筆頭とされるブラジルでも、代表チーム「セレソン」への期待は日々膨らむばかりだ。そんななか、今週5月2日、リオ・デ・ジャネイロのオ・グローボ紙本社の会場で、代表チーム・コーチ陣と一般の人々300人を招いた異例の討論会が行われた。
討論には、パヘイラ監督はもちろん、ザガロ、テクニカル・コーディネーター(TC)、そしてA代表スーパーバイザー、アメリコ・ファリア氏の3人が出席した。彼等は、一般人といえども「国民全員が代表監督」と言われるブラジルのサッカーファンからの容赦ない質問-「初戦のスタメンは?」、「ロナウジーニョは活躍できるか?」、「ブラジルの優位性の良否について」など-に対し、丁寧に答えた。
パヘイラ監督はまず「23人のリストについては言えないが、初戦のスタメンは南米予選最終節ベネズエラ戦と同じ、つまり攻撃はカカ、ロナウジーニョ、アドリアーノ、ロナウドの4人で行く」と明かした。「ただし、大会途中で変化させることも考えられる」とし、さらに「合宿直前にチャンピオンズ・リーグ決勝戦に参加する選手たちのコンディションが心配だ」、「ロナウジーニョは、バルセロナと同じポジションでプレーでさせるから、パフォーマンスも同じだと期待していい。ただし、バルサと違うのは、セレソンのスターは彼だけではない」。
他の選手についても、「アドリアーノはインテルで低迷しているそうだが、セレソンで実力を証明済みだから、何の心配もない」。これについて、ザガロTCも口を挟み「インテルでアルゼンチン人たちにいじめられてるなら、セレソンに来れば復活するだろう、ここは彼の家族だから」と付け加えた。さらに、パヘイラ監督はジュニーニョ・ペルナンブカーノのレギュラー昇格について「彼はボランチの特徴を持ち合わせていないから、ゼ・ロベルトの代役は務められない」と否定した。
5月15日のリスト招集後、21日から開始するスイス事前合宿に向けて「W杯初戦(6月9日)まで与えられた3週間足らずの最大の課題は、シーズンを終えた選手達のコンディションをもう一度ピークに持って行くことだ」と語った。
最後にパヘイラ監督は、ブラジルの優位性について「すべての国がブラジルを優勝候補に仕立て上げている。そうすることで、自分たちが背負うプレッシャーを軽減しようとしている。だが、我々はそんなこと、お見通しだよ。チームは地に足を付けて一生懸命、戦うだけ。経験者として言うが、ワールドカップを優勝したときの快感は、何ものにも代え難い」
周囲の賛辞に奢ることなく、セレソンのスタッフたちは着々と準備を進めている。
