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2005年12月30日
06年はホビーニョ・イヤー
年内の仕事も終わり、ようやく、まとまった時間ができたので、
ホビーニョの昔のプレー集を見直していた。
(一部ストリーング・ファイルを下に紹介します)
しかし、なんという素晴らしい才能だろう。

04年アテネ・オリンピック予選敗退のA級戦犯にされ、04年末に母を誘拐され、
05年コンフェデ杯優勝後レアル移籍で1ヶ月以上プレーせず、
レアル・マドリードの不振に埋もれた05年終了。
こうしたゴタゴタが起きる前の、まだ子供の面影を残していた時代のプレーを見返していた。
3年前、18歳のホビーニョのプレーの瑞々しいこと、
トラップからドリブルで抜き去るまでの自然な流れ、スピーディーで美しかった。
ここまで自然にドリブル体勢に入れる選手は他にいない。ホビーニョと比べれば、メッシのドリブルはどこか機械的なものを感じる。まあ、メッシも稀有な才能だが。

以下、ビデオ・ファイルが参照できるリンク先(「対象ファイルを保存」で見れます):
http://geocities.yahoo.com.br/robinho_dribles/
なぜ、ホビーニョのビデオをせっせこと見返したのか。サンパウロFCが来日したとき、スタジアム付近でとあるブラジル人リポーターと会話することがあった。
ブラジルの実況番組からそのまま飛び出してきたような彼と談話していると、こう聞かれた:
「へえー、君はブラジルの事情をよく知ってるね、じゃあホビーニョを生で観たことあるか?」
「いや、観たことない。テレビでだけ」
「あれは、凄い体験だよ。長年リポーターやってるけど、あれほど生で観て、凄いと言えるヤツは他にいない」
「ロナウジーニョよりもか?」
「ああ、そうだ。カカよりも、ロナウドよりも、今のセレソンの誰よりもだ」
「他には、クルゼイロにいたフレッジも凄い。リヨンで必ず成功する」
また、目からウロコだ。あっしが失いかけていた情熱を呼び覚ましてくれた。ホビーニョが近年ブラジル・サッカーに与えた強烈な影響は、こうしたことから見て取れる。
06年W杯のセレソンの最大の原動力としてブラジル人に期待されているのは、誰でもないホビーニョだ。
ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノ、ロナウド、ジュニーニョ・ペルナンブカーノ…彼等は栄光のピークにいる。
だが、06年W杯で注目をかっさらうのはホビーニョでなければならない。
なぜ、ロナウジーニョじゃないのか、たぶんホビーニョはブラジル人の遺伝子に組み込まれた(ユングの「集団的無意識」だっけ?)サッカーの美を具現化するのだろう。
彼に残された6ヶ月弱の期間、いかにレアルで、ヨーロッパで調子を上げることができるかにセレソンの優勝の可能性が大きくかかっている。
しかし、今季のレアルには、何も期待できない。シシーニョが加入したが、それがどうした、といった感じだ。まさに袋小路。はあぁ…。まあ、スペイン内での評価など気にしないことだ、あんなモン。
せめてセレソンで、ホビーニョがブラジルにいたときのようなバリバリのドリブル・スタイルを復活できれば、セレソンはガヒンシャがいた時のような衝撃を世界に与えて優勝できる。
すべてのブラジル国民が夢みる瞬間にあっしも期待したい。
飛べーホビーニョ!!

投稿者 fhasebe : 11:42 | コメント (10) | トラックバック
2005年12月29日
ルシェンブルゴ監督、サントス就任
ルーシャはほんと、ワーカホリック。
12月19日ブラジル帰国、21日サントスFCの監督就任発表。
「サントスをもう一度、世界シーンで輝けるチームにする。昨年、途中で放り投げたプロジェクトの再建だ」

ブラジルで最も全国タイトル数が多く(5度)、勝利数も多い監督が戻ってきた。
フッチブログの予想では、レアルに解雇された後、ルーシャはヨーロッパに残ると思っていた。しかし、彼はブラジルで働くことを選んだ。
様々な憶測があるが、なんといってもサントスでは自由に仕事する権限を与えられたからだろうと思う。その自由とは、チームを指揮するといった狭い範囲に収まらない。
ルーシャの数々の現地インタビューなどを吟味すると、ある考え方が浮き彫りなってくる。それは今後のブラジル・サッカーの新しい監督像の在り方になりえる。
実際、ルーシャがサントスの監督に就任すると、いの一番でコリンチャンスのGKファビオ・コスタがサントスと契約した。これで、コリンチャンスは正GKを失った。ファビオ・コスタは02年全国制覇をしたサントスのGKだったが、ルーシャと仕事した経験はない。
ルーシャが監督に就任しただけで選手たちはサントスに行きたがる。サントスはホビーニョ売却後、財政面でも潤沢な資金があるから、給料面でも優遇されることは言うまでもない。
こうした流れをベースに、ルーシャは前から監督業の傍ら選手のマネージメントも同時にしたいとことをほのめかしていた。つまり、自分がチーム作りの総責任者として、選手の移籍の斡旋まで仲裁する。チームを優勝させ、もちろん選手の評価も上がった暁には、海外チームに移籍させるなど、自分も推薦者としてリベートをもらう。
ルーシャは実はレアルでこれをやりたかった。だが、サッキという“目の上のたんこぶ”がそれを阻んだ。それでも、ホビーニョやシシーニョといった選手の移籍に直接関与していたことは間違いない。誤算は、ルーシャの方が先に解任されてしまったことだった。
サントスへの復帰は、すべての裁量を任せられることが条件にあったと思う。だから、ルーシャは会見でも「いま、新しいプロジェクトへ向けて、若い才能を物色している最中だ」とあえて語っていた。ルーシャが直接、選手への“投資部門”を指揮するのである。クラブ側もルーシャの眼鏡にかなう選手なら間違いない、という信頼をおいている。

ルーシャは2000年ブラジル代表の監督を務めていたとき、脱税、セクハラなど数々のスキャンダルが明るみになり、退任している。そのとき、一部選手の海外移籍のさい、リベートを貰っていたという容疑がかけられたが、その手法こそいま、ルーシャがクラブの後ろ盾を受けて堂々とやろうとしていることだ。
こうした考えはルシェンブルゴに限ったことではない、選手の起用については監督が権限を持っているのだから、どの監督も選手のキャリアに対して代理人をはるかに凌ぐ強い影響力を行使できる。監督の延長線上にあるゼネラル・マネージャー的なポジションは、現パルメイラス監督のエメルソン・レオンもいずれ就きたいと言っていた。
ほかにも、バルサにロナウジーニョやデコ、エジミウソン、ベレッチ等を薦めたのはルイス・フェリッペ・エスコラーリ監督だと言われており、移籍成立後、フェリポンはおそらく何らかのリベートを貰ったはずだ(バルサから?それともナイキから?)。
名監督で噂を聞かないのは、現職セレソン代表パヘイラ監督だけだ。話がセレソンに及んだついでに、W杯後パヘイラ監督は退任の意志を表明しているが、その後釜にルーシャのセレソン入りの可能性も高い。これこそが、彼がヨーロッパで監督を続けなかった最大の理由ではないか、と推察する人も多い。
ルーシャのやり方は本来の監督業から逸脱した行為だと非難することもできるが、毎年、新しい才能を輩出しつづけるブラジル・サッカーに見合った仕事のやり方かもしれない。
前にレオン監督が言っていたこと、「選手というのは、何歳になっても子供みたいなもんだ。知らない人が美味しそうな菓子をちらつかせば、すぐに飛びつく。そんな彼等を護ってやり、面倒を見て、大人の人間にしてやるのも、俺たち監督の仕事だ」。
「人間的に成長してこそ一流の選手になれる」なんてのは選手が誰かから教えてもらった言葉にすぎず(野球のイチロー選手なんかが、好んでのたまう語録)、才能あるサッカー選手だって、けっこうガキっぽい発想しているものだ。マンUのクリスチアーノ・ロナウドなんかが良い例。
「そんなガキどもをじっと観察し、長所を伸ばして、短所を直してやるコーチング・スタッフこそ世界最高と言われるブラジル・サッカーを支える最良の人材なんだよ」。「なぜ、ブラジルは常に才能を輩出できるのか?それは、俺たちコーチング・スタッフが世界一優秀だからだよ」と、レオンは自信げに言っていた。
原石を磨く彼等にも、やっと金儲けの出番が回ってきたというわけだろうか。それなら、まあ頷ける。
パルメイラスの練習を指揮するレオン

投稿者 fhasebe : 10:20 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月27日
母国からの賛辞
ブラジル・サッカーのことを知ったかぶりで書いていると、たまに目からウロコが落ちるような教訓を得ることがある。
サンパウロFC×リバプールの試合を観にいったきっかけで、フットボール好きのイギリス人と知り合いになった。
そのイングリッシュマンは40歳代なのだが、サッカーのことをよく知っていた。それも、ブラジル・サッカーのことをかなり知っていた。
あっしのイングランド・サッカーに対する批判など知る由もない紳士的な彼は(フーリガンでなくて良かった)、数年前、ブラジル全土を旅したことを楽しそうに語ってくれた。念願のリオのマラカン・スタジアムで試合を観たことも誇らしげに話していた。
イギリス人がブラジル・サッカーを好むのは、ある程度、理解していたが、サッカーの母国でプレーされるスタイルとかなりかけ離れていることにギャップがあると思っていたのだが。
そんなことを考えていると、今週、オ・グローボ紙にイギリスの伝説的なフットボール・ジャーナリスト、ブライアン・グランヴィルの興味深いインタビューが載っていた。
73歳のグランヴィル氏はW杯12大会(全18大会)を生で取材し(!!!)、いまでも「World Soccer」誌などで執筆し、日本でも、下の著書などで知られる。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9975861091
インタビュー内容を抜粋するが、非常に辛口でありながら、かなりブラジル通だということがわかる。なんといっても、50年以上のキャリアによる奥深いパースペクティブを感じ取れる。
「まず、次のW杯で、ブラジルがカップを掲げるのを妨げる力のあるチームは見あたらない。順番でいえば、ブラジルの次にイタリアが良いチームを作っていると思う。とくにネスタとカンナバロという素晴らしいDF陣と中盤のガットゥーゾ(注:オエッ)、ピルロ、トッティといったスタイルの違うメンツが上手く噛み合っている。ドイツはバラックを除いて二流のプレーヤーばかりだ。アルゼンチンはディフェンスが力不足。フランスはジダンの低迷が響いているし、アンリは予想以下の活躍しかできない。我らイングランドの問題は監督だ。エリクソンは二流の監督で、チームにプレー・バリエーションというものを与えることができない。02年W杯のブラジル戦でロナウジーニョが退場になり、数的有利になったとき彼は何をしたか?何もできなかった」
「いまの32チームで競われるW杯は、78年までの16チームで競われた形と比べると面白さも半分に薄まっている。W杯は強いチーム同士が激突するのが面白いのだ。なぜアジアの国にあれほどの出場枠を与えるのか?02年W杯に参加した中国などは世界中に失態を晒した。すべては拡張路線を進んだアベランジュ元会長の功罪だ。それに、2010年のW杯を南アフリカで行うのは失敗だ。W杯といった地球最大のイベントを開催する能力は、残念ながらアフリカ大陸にはまだない」
「私がブラジル代表チームにお願いしたいのは、ヨーロッパ・チームのようにプレーしないでくれ、ということだ。02年W杯のチームなどは、まるでヨーロッパのどこかの国のチームのようだった。ブラジルの選手たちはタクティクスに気を取られてはならない、彼等にこそ楽しくサッカーをする能力が備わっているというのに。彼等にはタクティクスを破壊する個人能力を期待する。良い例は1958年のセレソンだ。あのセレソンのことは、当時、私も熱心に取材した。いまのセレソンも非常に魅力的だ。」
「史上最高のセレソンといえば70年W杯のセレソンだ。いや、あれはW杯史上最高のチームだった。あのチームの唯一の欠点はGKだったが、そんなことはどうでも良いほど素晴らしかった。でも、私のなかでのW杯史上ベストイレブンを選ぶとき、70年セレソンからはペレしか選ばれない。あとは、ジャウマ・サントス、ニウトン・サントス、ジジそしてもちろんガヒンシャの5人のブラジル人選手を選ぶ」
とまあ、この人はめちゃくちゃセレソン通だ。とくに最後の「ペレ、ジャウマ・サントス、ニウトン・サントス、ジジ、ガヒンシャ」はいずれも58年メンバーであるが、この5人について検証できる外国人記者は稀だ。
いま、ブラジルサッカーの最大の問題、ヨーロピアン・タクティクスを取り入れすぎたことを指摘していることも、目からウロコだ。(このことについては、今月のナンバー643号のソクラテスの記事が面白い)
さらにイギリスでは、12月24日、クリスマスイブの日にラジオ局BBCの番組Five Liveで3万人リスナーに行われたアンケート「Greatest Team of All Time(史上最高のチーム)」で、サッカー以外にラグビーや、クリケットや、様々なジャンルのチームとの比較で、70年W杯ブラジル・チームが1位に選ばれた。
http://www.bbc.co.uk/fivelive/sport/greatestteam/
驚いたのはイギリス人の歴史に対する理解度というか、35年前のセレソンを覚えていること(poetry emotionなチームだそうだ)、次いで2位には70年、80年代のリバプール、3位には50年代のレアル・マドリードと、どれも現在のサッカーとは関係の無いチームばかりだ。19位には50年代に存在したプシュカス率いる幻のハンガリー・チーム(Magical Magyars)も入っている。
イギリス人の伝統に対する敬意、時に流されない感覚に感服する。
こうした、世界中の人々のセレソンに対する気持ちを知るとき、06年W杯のチームはたとえ優勝できなくても、記憶に残るチームになってほしいと願うばかりだ。
1958年W杯を優勝したセレソン

上段左から、監督:ヴィセンテ・フェオラ、右SBジャウマ・サントス、MFジート、CBベリーニ、左SBニウトン・サントス、CBオルランド、GKジウマール。
下段左から、右WGガヒンシャ、MFジジ、FWペレ、FWヴァヴァ、左WGザガロ、右端のおっさんはマッサージのマリオ・アメリコ(ノカウチ・ジャッキじゃないです)
フォーメーション:4-2-4
4アタッカーで世界を魅了したチーム。4アタッカーですぞ!!今では考えられない。
投稿者 fhasebe : 00:46 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月23日
キュ-トな審判
ブラジルには男子サッカーの試合を女性審判が笛を吹くことがあります。
彼女たちのために、来年の審判服がデサインされました。
みてください、このキュートな上下を:

ちなみに、上の彼女はアナ・パウラ・オリヴェイラという27歳の超カワイイ、本物の線審です。
その美しい外見に加え、FIFA認定の線審で、ひょっとしてW杯に出る可能性のあるレベルの高い線審なんですよ。
プレーヤーたちも、彼女の美貌の前には大人しく言うことをききそう。
もっと見ますか?
さらに、アナ・パウラ
「カードを取り出して…」

「こらっ、エジムンド!あなたはレッドよ!!」

(野郎の写真ばっかりポストしてるからな~、たまにはいいモンです)
ブラジル選手権を放映していたときは、倉敷&向笠コンビも彼女にデレデレでした。
投稿者 fhasebe : 12:10 | コメント (4) | トラックバック
2005年12月22日
ダイヤモンド・フォーエバー
この写真を見て下さい:

二つのダイヤモンドが仲良くプレーしているではありませんか。
時は、2005年12月21日、
場所はリオ・デ・ジャネイロ、ジーコ・サッカー・クラブ(CFZ)の球場。
ジーコが毎年行う、貧困児童のためのチャリティー・マッチにマラドーナを招待して一緒にプレーしたそうです。
この日、ジーコはマラドーナに10番を譲り、自身は4番を付けて60分ほど、一緒にプレーしたそうです。
この試合の模様はブラジル系のケーブル・テレビで観れたが、日本の人はおそらく「ブラジル・サッカーの旅」などの番組で放映される気がする(去年のマッチの模様は放映された)。
試合後、ジーコは「これで、ペレとマラドーナ、二人の神と一緒にプレーすることができた。嬉しいよ」と言っていた。ペレとは80年代、ジーコがフラメンゴで現役のころ親善マッチで一緒にプレーしている。
この日、参加したのはマラドーナだけではない。
ジーコのチーム「ジーコ・スターズ」には他にも:
Carlos Alberto(コリンチャンス、現役), Júnior, Zico, Andrade, Adílio,Cláudio Adão(80年代フラメンゴのスーパーチームのメンバー), Thiago (ジーコの息子), Josimar(86年W杯セレソン右SB),Zinho(ご存じ、元横浜フリューゲルス、94年W杯優勝メンバー、フラメンゴ現役), Leonardo(元鹿島、現ミラン・広報ディレクター), Jorginho(元鹿島、), Vágner Love(CSKAモスクワ、現役)
相手チーム「ブラジル・スターズ」には:
Renato Gaúcho(現バスコ監督), Bebeto(94年W杯メンバー), Beto(いま?、元フラメンゴ、), Válber(元サンパウロFC?), Djalminha(三番目のダイヤモンド), Gabriel(?), Márcio Santos(94年W杯優勝メンバー), Roberto Dinamite(元バスコ、スーパースター),Clayton(名古屋グランパス、来季も?)
と、ほとんどがリオのサッカー界 に関係する大物OBと現役プレーヤーが集まった。
マラドーナは一時の「鯨状態」から、53キロも痩せたという。試合開始から数分後、遅れてピッチに入ってきた。ここらへんが、マラドーナ特有のガキっぽさだ。すると、大勢のカメランたちが歴史的瞬間を撮ろうと、ピッチに侵入。試合は中断されてしまった。主催者ジーコは丁寧にカメラマンたちをピッチの外に出した。
試合がはじまると、ジーコがマラドーナにパスする。すると、マラドーナはワンタッチで現役でバリバリ走れるカルロス・アウベルトやヴァグネル・ラブに決定的なパスを送る。キーパーと一対一になるようなパスばかり。やっぱ、マラドーナはボールを扱うと天才だ。開いた口が塞がらないプレーを2,3度みせた。
もし、今マラドーナが25歳だったら、プレッシング・サッカーをボコボコに壊していただろう、彼は止められない。映像を観るかぎり、いまのマラドーナはまだ現役でやれそう。
くれぐれも言っときますが、あっしはマラドーナの子供っぽい振る舞いが大嫌いだ。彼をヨイショする気はさらさらない。でも、彼のプレーには脱帽するしかない。あのプレーに感服しない人間などこの世にいないのじゃないか?

このエピゾードで一番面白いのは、チャリティー・マッチの前日にロマーリオが15分間だけ、マラドーナをホテルに訪ねたこと。ホテルにいた記者たちにフォーカスされた。
周知のとおり、ロマーリオはジーコと犬猿の仲だから、チャリティー・マッチには呼ばれない。どうやら、マラドーナの方からロマーリオに電話をし、会いたいと申し出たらしい。ロマーリオをホテルに来させることができるのもマラドーナたるゆえんだ。
来年早々、ロマーリオがマラドーナの例のTV番組に出ていても不思議ではないかも。
これだけの才能に敬意を払わないわけにはいかない。

追記:このエントリーを書いたのち、マラドーナがリオの空港でやらかしました。もう周知のことと思いますが、頂きましたTBにも詳細があります。マラドーナの素行にはあきれた、コネントしたくない…
投稿者 fhasebe : 11:36 | コメント (8) | トラックバック
2005年12月20日
歓喜
サンパウロFCが現地に到着。
空港から、モルンビースタジアムまでの十数キロをパレードした。

ロナウジーニョ、2年連続、FIFA年間最優秀選手。
ドイツW杯まで、もうこれ以上、彼に何も与えないでくれー!!
頼むー!!

それよりも、なぜ彼女がMVPじゃないんだー!?
マルタ、女子サッカーの天才。ライバル・プレーヤーに対する絶対値で言えば、彼女はロナウジーニョを凌ぐ。
やっぱFIFAは見る目ないねえ。ジュニーニョ・ペルナンブカーノもトップ20に入ってないし。

投稿者 fhasebe : 21:17 | コメント (4) | トラックバック
2005年12月19日
Champion of The World !!
サンパウロFC優勝おめでとう!!世界一だー!!

あっしも、横浜国際競技場で数千人のサンパウロ・サポーターと感動を分かち合ってきたヨー!!
はじめて世界6大陸で戦ったクラブ選手権をブラジルのクラブが優勝したことに大いに感動した。
欲を出すなら、サンパウロFCには、もうちとばかし華麗な勝ち方をしてほしかった。後半の最後の方は心臓に悪かった。
99年以来(パルメイラス×マンU)のヨーロッパとブラジルのクラブ同士のガチンコだった。
またもやプレミアのチームとの対戦に期待していたのは、攻撃的なサンパウロFC。プレミアのチームに共通する下がり目の2本ラインによる4-4-2(ワールド・サッカーの疫病)をズタズタに切り裂いてくれる華麗なドリブル・ラッシュを期待していた。
でも、その実は、先制してから手堅く守りに入ったサンパウロFCが初代世界クラブ選手権の王者に輝いた。
後半は終始リバプール・ペースにペースを握られたのが悔やまれる。
試合後のインタビューでサンパウロFCのアウトゥオリ監督は試合の展開について、ブラジルのマスコミにこう述べていた。
「前半はジューニオルとシシーニョに両サイドから仕掛けさせ、リバプールの4バックの間にスペースができるのを待った。そこをミネイロが飛び出して得点をあげることができた」
「後半、リバプールがプレッシャーをかけてきたのは、自然の成り行きだ。そこを我々はなんとか凌いで、勝利を手にした」
サンパウロ側からすれば、意外と当然な展開だったのかもしれない、だが、後半は攻め上がってきたリバプールの裏をとる機会が幾度もあったのに、サンパウロFCは5バックにしてしまい、シシーニョとジューニオルが上がらない、魅力半減だ。
あっしの一番嫌いなカメさん戦法だが、一発勝負のファイナルにありがちな展開である。今のサンパウロFCにできる精一杯の戦術だったのだろう。

リバプールのスティーブン・ジェラードはファンタジーな選手ではないが、完璧な基礎技術のある選手として改めて認識した。
でも、なんでプレミアのチームはクロスばっかりするんだ?「クロスでなければ、クロス。もしくは、クロス。と見せかけて…クロス。はああ…」
ただ、ジェラードもサンパウロFCのダニーロも、中盤の要の選手がサイドに流れていってしまうため、中盤のタメというものがない試合だった。これが、10番を必要としない、今のプレッシング・サッカーの弊害である。
南米とヨーロッパともにスタイルの違いこそあれ、サッカー思想はグローバル化されてしまっている。3位のデポルティボ・サプリサは純正コスタリカのチームで観ていて「クセ」があってよかった。他のアジア・アフリカ・オセアニアのチームはいずれもヨーロッパ人の監督を要しており、何ら新しい発見はなかった。
初代世界クラブ選手権が晒したものの一つに、実は「ワールド・サッカーはますます共通化」しているという寂しい現実だった気がする。この大会が、たとえば、20年前に実現されていれば、世界中のサッカー・マニアに語り継がれるユニークなイベントになっていたかもしれない(格闘界で語られる「猪木×アリ戦」のような)。
次回、また日本で開催される大会には、ホスト国日本からのチームが特別招待されるそうだ(ちょっと、どうだかなあ…)が、今からConcacaf北中米カリブ海地区から出る代表チームに期待したい。メキシコかアメリカから出てくるクラブに面白いチームがありそうだ。今季の南米大会でサンパウロFCが唯一敗北を喫したのもメキシコのティグレスというチームだった。
最後に数千人規模で来日したサンパウロFCサポーターに敬意を表したい。愛するチームを観るために、幾多の苦難にもめげず、よく地球の裏側までやってきた。彼等こそ、サッカーで一番純粋で美しいものだ。

投稿者 fhasebe : 12:05 | コメント (8) | トラックバック
2005年12月10日
ブラジル、クロアチア、日本、オーストラリア
W杯Fグループの顔合わせ決定、うん、悪くない。
2006年6月13日ブラジル×クロアチア
6月18日ブラジル×オーストラリア
6月22日ブラジル×日本
このグループの1,2位はたぶんイタリアあるいはチェコと当たる。
イタリアとチェコは何がなんでもブラジルとは当たりたくないから、向うは向うで、必死に1位になろうとする。
ブラジルもイタリアとはベスト16で当たりたくないから、グループ1位は必要条件。
「ブラジルは日本とやるとき本気じゃない」とこれまで良く言われてきた。じゃあ、今度こそ本気モードが入る。
優勝するチームはどことやっても勝つ。とはいえ、アルゼンチン・オランダ・セルビア・コートジボアールのグループは気の毒だ。気の毒と同時に、ここでどのチームが勝ちあがるかによって、ブラジルの準決勝の相手が想定される。(セレソンが順当に勝ち上がればの話)
グループ・ステージ以降の組み合わせをよくよく考えてみると。確かにセレソンは「よいサイド」に入った。
すべては予想にすぎないが、次のような二つのグループがある。
一つはブラジルを筆頭とするグループ、もう一つは何とかドイツを筆頭にさせようとするグループ。
ブラジルのグループは、まずブラジルがいるF組、とベスト16で当たるE組。次にベスト8で当たるH組とG組。ここまでは、想定内のクロアチア、日本、イタリア、チェコ、アメリカ、フランス、スペイン、ウクライナといった国がいる。
ここで、個人的に一番やっかいだと思うのは、イタリアじゃないかな。イタリアとブラジルは大番狂わせの歴史があるから。イタリアとの対戦さえ避けることができれば、ブラジルはすんなりベスト4までのシナリオができあがるのではないか。フランスというチームは尊敬するけど、選手たちはもう年老いてしまった。
準決勝からが、よくわからない。下馬評どおり行けば、イングランド、ポーランド、ポルトガル、メキシコ、そして「死のぐループ」からのアルゼンチン、オランダ、セルビアといった国がくる。
オランダというチームをシード国にせず、メキシコやスペインをシード国にしたシワ寄せがこの「死のグループ」である。メキシコやスペインはこれまで以上の活躍をしなければ、政治力でシード権をもらったと言われてしまう。とくにスペインは。
個人的な希望では、イングランドを下したポルトガルと準決勝を戦えたら、かなり盛り上がるのじゃないかな。
アルゼンチンには、「死のぐループ」をトップ通過してもらい、ドイツを下し(はっきりいって、今回のドイツは優勝にはほど遠いメンツだと思う)決勝に勝ち上がってきてほしい。
決勝戦は「ブラジル×アルゼンチン」。火花の散る死闘になれば面白いのにな。ヨーロッパの国で世界中を唸らせるような素晴らしいメンバーや戦術を使うチームはもういない。ここは、南米の雄たちに最後の脚光を譲ってほしい。
まったく予想通りにならないのも、W杯の面白さだが。
投稿者 fhasebe : 20:37 | コメント (6) | トラックバック
2005年12月07日
来たぜ、来たぜSPFC
ブラジルじゃあ、どうやらコリンチャンスが優勝を勝手に喜んで(我がインテルナショナウの方が獲得ポイント数が多いというのに)、リーグは全日程を終了。
世界クラブ選手権に挑むサンパウロFCは5日に現地を発ち、今日午前に成田に到着。
午後から、もう初練習を行った。練習には、在日のブラジル人サポーターが沢山つめかけたそうだ。
チームはリベルタドーレス杯を優勝したメンバーに、FWグラフィッチ(写真)の復帰、FWクリスチャン(元大宮アルディージャ)や右MFレアンドロ・ボンフィン(元ポルト)などが加入し、メンツ・アップしている。
メンバーのほとんどが本大会終了後、海外移籍をする。サンパウロ・サポーター(トリコロール)にしてみれば、栄光のチームの見納めとなる。
俺たちゃあ、世界一をいただくぜー!!!

投稿者 fhasebe : 22:16 | コメント (6) | トラックバック
2005年12月05日
ルーシャお疲れサン
いざ現実になると、意外と悲しいものだ。
ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴが12月4日付でレアルの監督を解雇された。
昨年12月30日から続いたルーシャの指揮もこれで、とうとう終わりを遂げた。
ひとまず、お疲れサンとだけ言っておこう。(怒りが込み上げてくる前に…)

何が一番残念かというと、ルーシャがこれまで作ってきた
コリンチャンス、クルゼイロ、サントスといったいずれも、
毎試合3,4点を叩き出すほど攻撃的でありながら、守備面でも優れたチームといったものが、
一度も見られなかったこと。
それでも、ルーシャが指揮を執った期間、レアルはバルサよりも多くポイントを獲得しているらしい。あんなチームでだ。(戦績は現在、調べ中)
とにかくルーシャのしたかったことは、とうとう選手たちやフロントに理解してもらえないまま、終わった気がする。
だから、これ以上レアルにいても、意味がなかった。少し前から、ルーシャの強がりの表情に蔭りが見えていた。
ルーシャとともに、二人のアシスタント・コーチ、フィジカル・コーチ、栄養士など多くのブラジリアン・スタッフがレアルを去る。
本人はあえて退任の記者会見を避けたそうだが、それは正しい判断だったかもしれない。レアルでの内情はブラジルに帰って骨を休めてから、きちんとインタビューしてくれるだろう。
来年1月から、どこのチームの監督に就任するのか、それもいずれ分るだろう。お疲れサン!
アディオ~ス!!

投稿者 fhasebe : 17:15 | コメント (4) | トラックバック
2005年12月03日
鬼軍曹フェリポン、語る
今週はブラジルで行われたサッカー監督シンポジウム(Footecon)では、数多くの監督が集まり、なかでもブラジル代表のパヘイラ監督、ドイツ代表監督クリンスマン、そしてポルトガル代表監督フェリポンことルイス・フェリペ・エスコラーリ監督などのセミナーが見られた。(他にもバレーボール代表監督、ベルナルジーニョのセミナーもあった)
フェリポンが語りはじめると、周囲は黙る、これが鬼軍曹の存在感だ。
現在、ブラジルの4大監督と言われているのが、ルシェンブルゴ(レアル)、パヘイラ(セレソン)、フェリポン(ポルトガル代表)そしてレオン(パルメイラス)だ。
インタビューに答えたフェリポンは次のように語った:
問:ポルトガルではフェリポン・ファミリーを結成することができたのか?(イタリア系のフェリポンにはマフィア用語の「ファミリー」がよく使われ、本人も冗談で受け止めている。彼は、上手い選手ばかりでなく、兄弟のように団結したグループを結成することで知られる)
フ:ああ。はじめは難しかったし、選手達の関係もバラバラだった。でも、今は一つのファミリーだ。02年のセレソンと同じ事ができている。チームはベテランから若手まで混じっていて、非常にバランスがいい。
問:ポルトガル代表はどこまで行ける?
フ:優勝といいたいところだが、まずはベスト8を目指す。どのチームも力が拮抗していて、これまで以上に競争が激しいW杯になると思う。
問:優勝候補チームはどこの国か?
フ:やっぱり伝統国だよ。まずは、ブラジルとアルゼンチン。フランスはジダンとマケレレが戻って良くなった。イングランドは技術的に向上した、相変わらずクロスボール頼みのサッカーだけどね。イタリアも芸術性が増した、それにドイツはホスト国だからあなどれない。
問:いまのセレソンは02年のセレソンよりも強い?
フ:それは、やってみないとわからない。言えることは、セレソンは上手く世代交代ができた。今のセレソンの選手たちは攻守の切り替えの意識が素晴らしい。まさにパヘイラの思想(注:へっぴり腰思想)が徹底している証拠だね。
問:ブラジルと当たることになれば?
フ:当たるなら、グループ・ステージで当たりたい。そうすれば、決勝まで当たる可能性もなくなるしね。いずれにしても、ポルトガルは第2シードだから、グループの第1シードはどこか強豪国になる。そのための気構えはできている。
問:ブラジルはスイスで合宿をはるけど、ポルトガルの合宿所は?
フ:ポルトガルは国内で合宿をはるよ。一部の練習は無料公開にして、国民との触れ合いを増やすつもりだ。選手たちにサポーターの熱気を感じてもらいたい。
問:あなたはポルトガルのサポーターたちに受け入れられているか?
フ:最初は反対の声が多くて厳しかった。でも、ユーロ2004で結果を残してから評価は変った。なんといっても、それまで特定の代表選手しか応援しなかったポルトガル国民にチーム全体を応援するように訴えかけた。これが、私のポルトガル・サッカーへの最大の貢献だと思う。
問:ロナウジーニョ・ガウショは06W杯のビッグネームに成れるか?
フ:ロナウジーニョを観る、という体験自体が素晴らしいことだよ。06年W杯では間違いなく輝く。テクニック面に加えてフィジカル面でも随分強くなった。レアル戦での2ゴールは素晴らしかった。ロナウジーニョを止めたかったら、棒で殴るしかないね、ハハハ。(注:ロナウジーニョがユース時代、フェリポンはグレミオの監督)
問:W杯の後の計画は?
フ:代表チームを率いるのは面白いね。W杯の後、どこかヨーロッパの代表監督を続けてもいい。まだヨーロッパで4、5年仕事するつもりだ(知ってる人も多いかもしれないが、フェリポンは昨年はじめ不調だったライカールトの後任者としてバルサからオファーを受け、レアルからも昨年末にオファーを受け、ルシェンブルゴを紹介している)。ブラジルには監督として戻る気はない。
問:セミナーでザガロTDは何を質問したの?
フ:新しいスライディング・ジャッジについて(正面からでも危険度が高いと見なされれば一発退場)、ヨーロッパではどこまで厳密に守られているのか、とザガロに聞かれた。正直、ヨーロッパの伝統国の主審は厳格に取ると思う(注:だといいんだが)。でも、中近東やアジアのレフェリーは大舞台で選手を一発退場にする勇気はないんじゃないかな。審判のレベルによって、プレーのしかたも考えなければならない。
といった本音トークだった。フェリポンはオランダを優勝候補にあげなかったが、忘れたのだろうか。審判のクセも研究する必要がある、とは知らなかった!!ポルトガル代表はセレソンにとって間違いなく怖ろしい相手だ。
ブラジルで言われているのは、南米のライバルはアルゼンチン、ヨーロッパのライバルはポルトガル。この2国は全然、セレソンのことを恐れない。むしろ、闘志むき出しでかかってくる。ラフ・プレーをしたり、暴言やツバを吐いたり、親の仇を討つ気持ちでかかってくる。有り難いことだ。
ポルトガル・サッカーは近年、素晴らしいプレーヤーを輩出するようになった。クリスチアーノ・ロナウドのような強靭なドリブラーに、リヨンのチアゴのようなテクニシャンなど、剛と柔を兼ねる巧みなスタイリストたちだ(デコも献上したしね)。彼等のブラジル・サッカーに対するライバル心は強い。海外でブラジル人選手が最も多くプレーする国はポルトガルであり、どの有名チームにも5,6人のブラジル人選手がいる。ポルトガル人がプロ世界で名を馳せたければ、ブラジル人選手を押しのけるしかない、という構図ができあがっている気もする。
そんなポルトガル・サッカーの頂点にブラジル人監督がいるのである。ポルトガル人の多くは、モウリーニョ、カルロス・ケイロス、ウンベルト・コエーリョといった名監督の名を叫び続ける。だが、当のフェリポンは野次を受ければ、受けるほどやる気がでると言う。さすが01年、瀕死のセレソンを復活させた鬼軍曹だ。
完全アウェーで結果を残そうとするフェリポン。こいつも男だぜ。

投稿者 fhasebe : 13:28 | コメント (8) | トラックバック
2005年12月01日
頭にきたよ、ナイキさん
最近、激怒ばっかりで頭の血管が破裂しちゃうかも。
ロナウジーニョのミラクル映像について、inoranさんから、イブラヒモビッチの記事のリンクをいただきました。下記:
「金の玉」受賞者ロナウジーニョは同業者にまで「イカサマ」と言われている。
イブラヒモビッチはロナウジーニョのことを嫌いなのか?違う、彼は本音のことを言っているだけ。サッカーの才能に長けた人間があの映像を見れば、一発で合成だって分かるということだろう。
下記、inoranさんのコメントへのあっしの返答:
あのロナウジーニョの映像に関しては、
技術的な問題があると(つまり合成されていると)、ブラジルのネット・フォーラムで指摘されて、ほぼ満場一致で合成だということで終了しました。
ロナウジーニョが一本目を蹴ったとき、ゴールネットが揺れますが(ネットは半分ぐらい捲り上げられている)、それ以降の3本は揺れません。ズームアウトされてるから、わかりにくいですが、よく見てさい。確かに、ネットは微動だにしません。
それに、ボールがゴールバーに当たって跳ね返るスピード、弾道(描く弧)、角度も不自然。それに、一本目のシュートをズームインして、あとの3本目はずっとズームアウトしたまま。全部終わった時点でまたズームイン、というのは、あらかじめ演出を決めていないと出来ないカメラワークだと思います。
つまり、リフティングしている映像に、別にとったゴールシュートの映像を挿入しているのではないでしょうか。後ろで練習している選手達の映像など、デジタル映像を編集しことのある人間なら、容易に合成可能だと分かるはず。というか、現実味を出すために、あえて合成しておくべき「ネタ」。
結局、あっしも合成ってことで納得してます。だからといって、ジーニョを称賛しないわけではありませんが、でも…
なぜに、こんな映像を作る必要があった??????
inoranさんを初め、flavanchaさん、ロナウジーニョを信じて、ここに書き込んでくれた人たちの純粋な気持ちはどうなる?これを見た子供たちは?
ああぁ、ナイキさんよ~!!
本当の映像なら、全世界でCMで流してもいいほどのスペシャル映像だわさ。ネットでちまちまアップしているところが、また怪しさをかきたてる。
あっしは子供のころ、プロを目指してテニスの英才教育を受けていました。当時の人気プレーヤーがジョン・マッケンローだった。彼は水色でカーブ状のストライプのシューズを履いていた。当時、無名の「ナイキ」というメーカーだった。マッケンローが履くなら正直、あっしも欲しかった。
あれから20年あまり、ナイキさんはいつの間にかサッカーの世界に入ってブイブイ言わせてるけど、
サッカーの伝統とか理解してんのかな?
ブラジルでも「10番になるオーディション」なんてのを今年やったけど、じゃあ「3番、8番、9番、他の背番号よりも10番は偉いってワケか?」と総スカンくらって、サッカーのことまったく分かっていないことが露呈。
金儲けも楽じゃないね。セレソンもナイキがスポンサーになってから、タイ戦、マレーシア戦、UAE戦とか、意味の無い親善試合に一杯かり出されている(まあ、バルセロナ戦は感謝ですが)。早く、ブラジル国民の誇りのチームから撤退してくれないかな?