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2005年08月29日
ホビーニョ、いきなりマジック!
いきなり、やってしまった。たったの28分間のプレーで、試合の状況をガラリと変え、レアルのチームそのものをガラリと変えてしまった。
「クラッキを定義するのは難しい」と言われるが、今日のホビーニョのデビュー戦を観れば言葉などいらない。
ホビーニョはそのセンセーショナルな技術だけでなく「クラッキのメンタリティ」を見せてくれた。つまり、ファースト・プレーで相手DFの頭上を抜き、それからも次から次とドリブルで仕掛ける。おかげで、いつのまにか相手チームは防戦一方、チームメートはつられて、どんどんサポートに上がりはじめる。
「金曜日到着で日曜日にデビューできるのか」、「チームメートとの連係がない」、「10番のプレッシャーに耐えられるか」、「誰のポジションに入るのか」、といった凡人の疑問を軽々と吹き飛ばす。
ゴールシーンでは見事なジャンピング胸トラップ(これは、どれほど高度なプレーかは実際やってみないとわからない、もちろん相手をかわしながら)
はっきりいって、今シーズンはロナウドもロナウジーニョもかすみそうだ。バルサ側はいま大慌て「メッシ召喚!」とか叫びはじめている。もちろんセレソンでも大革命が起きるかもしれない。
あとはシーズンを通して、とこまでフィジカル面で通用するか。
試合後、レアルの更衣室での会話:
プレーヤーたち、「俺はレギュラーから出たくないよ、お前が外れろよ」、「ヤダ、お前が外れろよ!」
ルーシャ監督、「なんだお前たち!チーム精神はどこにいった?」
プレーヤーたち、「だって、おれたちホビーニョと一緒にプレーしたいもん」
なーんてね。いやーマジ興奮した!
Rの系譜は彼の頭上に輝こうとしている

追記、AS紙のコメンテーターAlfredo Relano氏の言葉を、ここに記録しておきたい。(後に翻訳)
Es un fenómeno especial, el único jugador que he visto capaz de recordarme a Pelé. Tiene todos los compañeros en la cabeza, descodifica rápidamente la jugada y planifica cada acción pensando en el gol. Su espíritu y su talento anima a los compañeros y ese efecto se vio ayer radicalmente, cuando entró en un equipo muerto, casi entregado, sin orden ni concierto, a merced del Cádiz, y convirtió a esa pandilla decaída en un alegre carnaval. El Madrid ha fichado un jugador grandioso, en una edad temprana. Acierto pleno. Los males siguen ahí, el equipo está sin hacer, pero con Robinho y Ronaldo en el ataque eso pierde importancia.
フリー意訳(アレ系です):
トンデモねえ奴が現われたもんだ、まるでペレ様のお出ましじゃねえか。ボールさえあればもうコッチのもんだ、あっという間に仲間とつるんでさあ、ゴールの臭いをプンプンさせやがる。おかげで古株連中も大喜びだ!野郎だって元気モリモリ、才能もスゲエとくらぁ、ヤツがいるかいないかでゲームは大違いでぇ。最初の試合だってのに、いきなりカーニバルだもんな。それに、いまにもぶっ倒れて死にそうな仲間たちを助けたときちゃあ、オラァ泣けてくるぜ…頭もよくやったもんだ、こんな若けぇ大将をよう、こんな原石をだな。でも、ちょっと待っくれぇ…チームはまだまだこんなもんで満足してちゃあイケねえよ。そりゃよう、ロビーの若大将とロニー兄いがいれば、そんなチンケな心配も消し飛んじまうがよう。カカカ…
投稿者 fhasebe : 19:52 | コメント (8) | トラックバック
2005年08月20日
セレソン、W杯当確のち客寄せパンダ
2005年8月17日(水)「クロアチア1×1ブラジル」クロアチア・スプリト
詳細は次:http://jp.uefa.com/News/
セレソンが9月4日の南米予選、ホームのチリ戦に向けて始動した。南米予選も残すところ3試合。チリ戦に勝てばセレソンはドイツW杯当確となる。
チリ戦の後は二日後(9月6日)にセビリア戦(!?)をひかえる。W杯さえ当確すれば、あとは地方巡業に連れ回されるのだろうか(11月にはチェルシー戦も噂されている、金さえ払ってくれれば誰とでも試合するのか?)。
現行の4-2-2-2フォーメーションで並べたチリ戦の招集メンバーは:
GK:ジーダ(ミラン)、ジュリオ・セーザル(インテル・ミラーノ)
4-
右SB:カフー(ミラン)、シシーニョ(サンパウロFC)
CB:ルシオ(バイエルン・ミュンヘン)、フアン(バイエル・レバークーセン)、ルイゾン(ベンフィカ)、アレックス(PSV)
左SB:ホベカル(レアル)、グスターヴォ・ネリ(コリンチャンス)
2-
ボランチ:エメルソン(ユベントス)、ゼ・ホベルト(バイエルン・ミュンヘン)、ヘナト(セビリア)、ジュニーニョ・ペルナンブカーノ(リヨン)、ジウベルト・シウバ(アーセナル)
2-
MF:カカ(ミラン)、ヒカルジーニョ(サントス)、ジュリオ・バチスタ(レアル)、ホビーニョ(サントス)
2-
FW:ロナウド(レアル)、アドリアーノ(インテル・ミラーノ)、ヒカルド・オリベイラ(ベティス)
コンフェデ杯で成功をみた2ボランチに左右のコンダクターMFからなる中盤(日本式に言えば、ダブル司令塔!)である。ただし、今回(右利きのくせに)左MFのロナウジーニョがカード累積で出れない(セビリア戦にはモチロン!招集されるが)。彼の代役候補はヒカルジーニョかホビーニョのサントス・コンビのどちらか。
ここに来て、クロアチア戦で絵に描いたようなFKを決めて調子を上げてきたヒカルジーニョは中盤のリズムを緩急自在に操れるプレーヤーだ。ブラジルではカデンシアドール(カデンツァ、リズム)と呼ばれ、Jリーグで例えるなら全盛期の名波がある感じかぶる。
ヒカルジーニョは実は現レアルの監督ルシェンブルゴの指導の影響を強く受け、守っているときから攻撃のイメージを組み立て、攻撃に転じれば、驚くほど効率的にパスを経由させ、かつ無防備でカウンターを受けないように自らポジショニングし、チームメートにも指示を出す。
2002年W杯は大会直前にエメルソンが負傷し、急遽セレソンに呼ばれたが、ピッチ内であまりにも大きな存在になってしまったため、父権主義者フェリポンにベンチに回されたという逸話まである。代わりにクレベルソンという国内でも無名だった選手が活躍した。
02W杯後コリンチャンスからサンパウロFCに移籍してから一時的に低迷したが、いまはサントスでまた高い評価を得ている。ボランチとトップ下を瞬時に切り替えられる「前衛的な選手」である。
セレソンのレギュラーに定着している左MFのゼ・ホベルトとある意味かぶるヒカルジーニョは貴重な中盤の左利きとしてドイツ大会まで生き残ってほしいが、それは逆に誰かが切られることを意味する。
今回の連戦で、パヘイラ監督はロナウドとアドリアーノの2トップをレギュラーで使うと言い張っている。当然、右のコンダクターであるカカは外せない。つまり、いまホビーニョの居場所が無くなっている(ジュリオ・バチスタやジュニーニョ・ペルナンブカーノも同様)。ホナウジーニョ・ガウショのいないチリ戦で中盤の選手たちはアピールしようと必死である。
しかし、マスコミはクロアチア戦のあと、ロナウドとアドリアーノの2トップは動きが被って上手くいかなかった(試合は日本で観れなかったから、フッチブログはなんともいえない…)とも言っており、彼等も安泰ではない。試合の後半にホビーニョが投入され、左右後ろからどんどん仕掛けはじめると俄然、攻撃的になったと評価されている。ホビーニョは彼のドリブル同様、もの凄い勢いでレギュラーの座に襲いかかっている。ヒカルド・オリヴェイラは今のところ、ぱったり影を潜めてしまっている。
さらに、W杯を1年後に迎えたいま、各地でセレソン候補のプレーヤーがインタビューなどでアピールしはじめている。ポルトのジエゴ、セビリアのルイス・ファビアーノ、バルサのエジミウソン、ヘルタ・ベルリンのマルセリーニョ・パライバ、フェネルバチェのアレックス、サンパウロFCのGKホジェリオ・セニ、コリンチャンスに移籍してしまったニウマール、CSKAモスクワのワグネル・ラブなど、切りがない数だ。
先日、ポルトガル代表監督のフェリポンのインタビューを読んだが、「我々もブラジル代表と同レベルのチームを一つは作れる。でも、ブラジルは8つぐらい作れる。この層の厚さの違いが物をいう」と言っていた。
ロナウドも今週のインタビューで「うかうかしてたら、ホントに居場所がなくなる」とぼやいていた。
なら、スポンサー試合専用のセレソンを一つ作っとけばいいのに、とフッチブログ的には思ってしまうのだが。
いずれにしてもフッチブログはいま、セレソンに招集されない個性的な選手たちで作られた「ブラック・セレソン」を構想中だ。

兄キ:「レギュラー固めに、あと何点決めとこう…」
弟:「全部おれにアシストさせてくれよ、いいだろ、な」
投稿者 fhasebe : 13:45 | コメント (8) | トラックバック
2005年08月17日
ペレとマラドーナ、歴史的なヘッドパス
昨日、ペレとマラドーナがアルゼンチンのバラエティ番組で対話した。
詳細記事:http://www.nikkansports.com/ns/soccer/p-sc-tp0-050813-0008.html
サッカー史の頂点に輝く二人のプレーヤーは仲良く会話し、ちょっぴり相手を挑発しあいながらも、互いの健在ぶりを讃え合った。

会話の後は、ペレがギターを弾いて歌い、マラドーナはタンゴをアカペラで歌った(マラドーナ、歌上手い!)。
そして感動的な瞬間、マラドーナがボールを手に取り、ペレと向かい合い、二人でヘッドパスを交換した。
数分に及んだパス交換では、二人とも年齢を感じさせない完璧なタッチで観衆を沸かせた。
「ボールは嬉しそうに二人の神の頭の間を行ったり来たりしていた」

この番組のあと、ブラジルのネット掲示板でペレ派とマラドーナ派のナンバー1論争が再度勃発した。世界中で、日本でも繰り返し行われている議論だ。
あくまでもフッチブログの見解だが、ペレは50年代後半から70年代前半、マラドーナは80年代と90年代前半に活躍しているわけで、後者の方が支持層は若く映像記録も多く残っているため有利だ。FIFAサイトで行われたアンケートでもマラドーナが圧倒的な数字で勝利した。マラドーナ派の人達はマラドーナをテレビの生中継で観て感動した人達で占められるが、彼等の殆どは同じように生でペレを観たわけではない(フッチブログもそうだが)。
ただマラドーナ自身、少年のころペレのプレーを観て感動しているのである。番組のあと、記者会見でマラドーナは「ペレの母は、ペレが世界一だと言っていた、でもぼくのお母さんは、ボクが世界一だと言ったよ」と語って周囲を笑わせていた。ペレもインタビューで「60年代は私はディ・ステファノと比べられていた、いずれテベスと比べられるかもね。だから、アルゼンチンのナンバー1はいったい誰なんだい?それをまず決めなさい」と、これまた牽制していた。
でもペレの言葉はある真理をつていている。たとえ映像が残っていても、その時の臨場感が伴わなければ彼等のスーパープレーの興奮は半減する。17歳のペレがスェーデンの58年ワールドカップに出場し、決勝のスウェーデン戦で胸トラップで相手DFを交したあと、ボールをもう一人のDFの頭上を通し、シュートしたゴール。ヨーロッパの地でもぎ取ったW杯が何を意味するのか、当時を生きた人間の言葉を聞きたい(ヨーロッパの代表チームはヨーロッパ大陸以外で優勝したことはない)。
80年初頭、フォークランド紛争でイギリス艦隊にアルゼンチン軍は壊滅された。国民が失った自尊心をマラドーナがイギリスのチーム全員を抜き去って決めた(8人抜いたとか数える必要はない、一人で相手チームを葬った)あの奇跡のゴールで復活させた、これは私だってわかっている。
この二人が王様や神と言われるのは技術的な面はもちろん、さらにサッカーという枠を飛び越えて、その背景にある歴史、文化に大きな影響を与えた。また二人が先進国の出身でないことも大きな意味を持つ。ペレはアフリカ諸国で神同様に崇められており、マラドーナは中南米で解放者のように慕われている。そんな純真な人々に「いや、××の方が上だよ」と言うナンセンスな輩にはなりたくない。
ペレが活躍した時代、黒人選手への差別は強かった(同時期にムハマド・アリがボクシング界で台頭し、様々な人種差別と戦っていた)。マラドーナに関しては、さらにナポリというセリエAで最下位を争っていたチームを2度のスクデットに導いている。これはミランで10度優勝するよりも価値あると思う。私がセリエAに一番熱中したのもこの頃だった。二人は最高のプレーヤーであり、時代の英雄でもあった。
ただ、悲しいかな。あと50年経って、ペレやマラドーナを生で観た人達がいなくなれば、この世界一議論も終わるだろう。そのころには、新しいプレーヤーが取って代わっているに違いない。悲しい反面、そうであってほしいとも願う。
投稿者 fhasebe : 11:25 | コメント (12) | トラックバック
2005年08月12日
フェリッペ、ブラジル・サッカーの真髄
世界的に有名なブラジル人選手といえば、殆どの人がヨーロッパでプレーする5,6人のクラッキの名を挙げるだろう。
しかし、ブラジル国内には海外に「輸出」されることのない、あるいは海外の水に合わず、直ぐもどってくる芸術家たちがいる。そのなかでも「国宝級」なのが現在、リオのフルミネンセでプレーするフェリッペ(またはフィリッピ)。
ブラジルでは50年代後半、ガヒンシャが出現して以来、ゴールだけがサッカーゲームの最大の喜びではなくなった。
ブラジル文学史上最高の天才(ポルトガル語を作り替えたといわれる)にして、名サッカー・コラムニストだったネルソン・ホドリゲスは58年のコラムでこう言っている。
「それまでのサッカーは情熱と残虐性が入り混じったスポーツだった。観客は試合中に「潰せ!」、「削れ!」といった叫び声を発することしか知らなかった。そこにガヒンシャが現われて、サッカーに楽しさをもらたした。ボールを受けたガヒンシャがドリブルをはじめると、人々は笑った。自分の応援しているチームなど忘れて、みんな幸せいっぱいに笑った」。
これがブラジル・サッカーの原点のひとつである。ゴールよりも記憶に残る瞬間、ドリブラーが魅せる芸術に観客が酔いしれる瞬間である。ヨーロッパに渡ったクラッキたち、デニウソン、ロナウジーニョ、ホビーニョ、ロナウド、ヒカルド・オリヴェイラ(全員、今季スペイン・リーグでプレーすることは偶然ではない。そういえば私がこれまで見た最高のスキルを持つプレーヤー、ジャウミーニャもリーガで名を馳せた。あと、リバウドも)などは天性のドリブラーである。しかし彼等はヨーロッパで成功するために、理性的にドリブルを抑えることを覚える(デニウソンだけ例外)。
そんなヨーロッパ・テイストに合わないドリブラーたちがブラジルにいる。現代のシステム・サッカーに当てはまらない男たち。ピッチ脇の監督の命令を無視して、ただひたすらドリブルを仕掛け、相手を抜いては止まり、戻ってきた相手をもう一度抜いてみせる。スペインでいうところの闘牛士(だから彼等の一部はリーガで居場所を見つける)。
そんなガヒンシャの息子達の代表格がフェリッペだ。現在28歳の彼は、一時はセレソンの一員になりブラジル・サッカーの将来を担う逸材として期待された。98年のトヨタ・カップではバスコ・ダ・ガマの一員として来日している。02年にはトルコのガラタサライに1年いたが、ヨーロッパの「フィジカル・サッカー」に辟易して帰ってきた。今はフルミネンセの中盤のアルマドール(仕掛け人)として自由奔放なプレーを魅せている。昨年、試合中の暴行による半年の出場停止処分(フェリッペは試合中多くのファウルを受けるため、いざこざが絶えない)から復帰したばかりだ。
下記のリンクでフェリッペのドリブル・スキルが確認できる:
(現地の個人サイトのようで、ファイル・ダウンロードは自己責任でお願いします。一部のファイルが巨大で要注意。ここを気に入った人は、「Back」を押してルート・ディレクトリーに行けばさらに凄い映像がありますよ)
http://geocities.yahoo.com.br/felipe_dribles/
左利きのフェリッペはつい数年前まで、左SBとしてロベカルに取って代わると期待された。現に98年W杯の後、彼が左SBのレギュラーを務めた。しかし、フッチブログ的には、このポジションの選択が間違いだった。フェリッペはドリブラーなのであり、性格上ディフェンスはからっきしダメなのである。本人もそれに気づくのに、多くの時間を無駄にした。守備を免除された彼のプレーは自然体で、いまブラジル選手権の見所のひとつとなっている。あまり楽しい話題のないリオのサポーターたちにとっては実に嬉しい存在である。
フェリッペはボールをもらうと必ずドリブルする。それも、一度ピタッと静止して、次にモーションとは逆方向に抜く。DFはまったく反応できない、達人の技。横歩き(カニ歩き)しながらドリブルするときもある(これは、他にはデニウソンとジャウミーニャぐらいしか見たことがない)、ときには抜いてからわざわざ立ち止まって相手DFが戻ってくるのを待つ、そしてまた繰り返す。
フェリッペを観るために入場料を払う人は多い、彼等にとってゴールなんざどうでもいい。模範的なプレーヤーよりも、システムうんぬんよりも、僅かのファンタジーの瞬間を共感したいのである。世界の檜舞台に現われない、FIFA年間最優秀プレーヤーにもノミネートされない「ドリブル・バカ」、彼等こそブラジル・サッカーの真髄である。
フェリッペが「芸術」を作り始める(フラメンゴ時代)

投稿者 fhasebe : 13:20 | コメント (8) | トラックバック
2005年08月06日
ホビーニョ移籍騒動が解決
ここのところ、ホビーニョの話ばっかりでホビーニョ・ブログになってしまいそうだが、この移籍ケースはブラジル人プレーヤーを取り巻く環境が劇的に変化しているように思えるので、この話題を包括してみたい。
ホビーニョ移籍騒動はコンフェデ杯終了後、ほぼ一ヶ月に渡って繰り広げられた。実際、まだ本人がレアルに合流しておらず、最終サインはされていないし、もしそれまでに大怪我でもしたら(そうならないことを祈る)事の収拾がまたおかしくなってしまうのだが。
移籍の最大の要点は、サントス側がホビーニョとの契約で定めた違約金5千万ドルである。ホビーニョと代理人ヒベイロが一方的にレアルと合意に達してしまったため、サントスはレアルとホビーニョ三者間の交渉に応ぜず、ホビーニョの契約破棄とみなしたのである。ここらの経緯は「ブラジル側から見たホビーニョ移籍騒動とマネーゲーム。」で参照を願いたい。
結局、この綱引きはFIFAの裁定に持っていかれそうになった。憶測だが、サントスは「5千万ドルという違約金を丸々もらう権利があるのかどうか」について再考したようだ。
-ホビーニョというヨーロッパで実績のない選手に5千万ドルを払うクラブはいない。
-ホビーニョ側の契約不履行を主張しても、サントス側もレアルとの交渉に応じていない。
-レアルの最終オファー3千万ドルは、ヨーロッパ市場からみても妥当な金額。
後の記者会見でサントスのテイシェイラ会長はFIFA裁判まで行ってしまえば、5千万ドルという違約金を得る可能性は難しい、というニュアンスのことを言っていたが、確かにそうかもしれない。それは同時にホビーニョが数ヶ月もプレーできなくなることを意味する。ロナウジーニョがグレミオからPSGに去ったケースがこれだった。生涯役員のペレも同じように、サントスの会長に3千万ドルで合意すべきだとアドバイスしたという。
これに加え、ホビーニョ側がもしサントスが3千万ドルのオファーを受け入れてくれれば、そのうちの40%の権利金をもらわない、と譲歩した。これは大きかったし、プレーヤーとしてクラブへの最大の恩返しではないだろうか。
サントスやレアル(それにバルサ)などは、日本のクラブのような経営トップで運営されるのではなく、会長と同レベルに役員会(ソシオ)があり、彼等はサッカー部門を含むクラブ全体の経営を司る。だから、会長は独断である選手を獲得できないし、移籍させることもできない。ちなみに、マンUなどヨーロッパの殆どの金持ちクラブは株式を上場しており、経営トップが独断で選手を獲得することが可能(もちろんチーム監督との確認は不可欠だが)となった。
ホビーニョの移籍に合意した後、テイシェイラ会長は役員会と数時間のミーティングを開き、なぜ3千万ドルで手を打ったのかを細かく説明した。最初は違約金5千万ドルが履行されないことに不満を示した役員ソシオたちも3千万ドルが丸々クラブのものになり、それも早期に入金されることに満足した。役員会はレアルとの合意を覆す権限を持つ。
こういった交渉の裏舞台の認識は重要で、サントスのテイシェイラ会長やペレス会長が独断で移籍を進めたわけでなく、むしろ彼等は役員の意向を汲みながら入念な計画のもと移籍を行っている。南米やヨーロッパでサッカークラブの会長を務めるのは非常に名誉なことであり(大抵、彼等の本業は別にあり、収入が目当てではない)、それぞれの役員たちも次期会長の座を虎視眈々と狙っているのは言うまでもない。
ちなみにフッチブログもあるブラジルのスポーツクラブのソシオである。向うに滞在中に入り、いまでも現地の友人を通して年会費を納め、毎年の経営報告書を送ってもらって目を通し、役員ソシオ選挙にも投票する。会員はたった数千人の小さなクラブだが組織が透明で、入会のとき会長と談話しながらサインし、私の色んな意見を聞いてくれた。また意欲さえあれば、誰でも役員に立候補できると言っていた。
自分が所有者の一人であるスポーツクラブ、ここから立派なチームやプレーヤーが誕生すればもの凄く誇らしいものだ。これは高い“civism”(社会意識)の現われで、自分の生活のためでなく、名誉のために組織に尽くす。ああ、こうすればクラブに対する愛情が自然に生れるんだな、とも実感している。もちろん入場料を払って試合を観るのが基本であるが、別の愛し方もある。
ソシオであることのシビアさは、チーム運営に対する批判はそのまま自分への批判としてハネ返ってくる。南米やヨーロッパのサポーターたちはファナティック(熱狂的)だと言われるが、彼等の多くはクラブ・ソシオであり、自分のかけがえのない名誉のためにチームを応援しているのである。チームが成功すれば自分が成功し、チームが失敗すれば自分が失敗するのである。
ところで、ホビーニョは一銭も貰わないでレアルに移籍するのかというと、とんでもない。ここ数年で3千万ドル、5千万ドル(55億円)などの金額がかすんでしまうようなマーケティング・マネーを彼と代理人は得るのである。そのシナリオはすでに出来上がっている。今月、すでにレアルとホビーニョが大手飲料メーカー、ペプシとのスポンサー契約が取り交わされたばかりで、「レアル、ホビーニョ入団前にすでに一稼ぎ」とブラジルで報道された。
ヒベイロ代理人はヨーロッパ市場に斡旋する選手たちに「ヨーロッパではピッチに立っていなくても金が入る」と言う。つまり、スパイクや用具メーカーなどと世界規模のあらゆるスポンシング契約が破格の金額で結べる。そういえば、ミズノとリバウドのスパイク契約は記憶に久しい。
ホビーニョの移籍金額3千万ドルはデニウソンが97年にベティスとサインしたときの2千6百万ドルを上回り歴代最高額。これまでブラジル人選手の移籍金額はカカの850万ドルという「悪しき前例」(代理人はまたもヒベイロ)のため、ずっと抑えられていた。つまりカカ以下の選手なら800万ドルを下回ることになる(インテルの新星ニウマールは800万ドルぽっちでリヨンに行ってしまった)。この状況を覆す効果があるのが、今回のホビーニョの移籍だとされる。それに違約金も厳守されるようになる。ブラジルのすべてのクラブがテイシェイラ会長の力強い決断に拍手し、感謝している。
ブラジルは国の経済力が増しつつあり、ここ10年でヨーロッパのほとんどの国の経済を抜くと予想されている。以前のように、はした金でトップレベルのブラジル人選手を引っこ抜ける時代は無くなるのである。
一番おもしろかったのは、今週のスペイン現地のdonbalon紙のコラム(スペイン語です)のウェブコラムで「ユンベントス、インテルやマンUを圧倒的な交渉術でやりこめたレアルのペレス会長が、まさか南米のクラブにここまで苦戦しようとは」とあり、「ペレス会長の次の獲得候補が決まった、サントスのテイシェイラ会長だ」と揶揄していた。
サントスの新しいトレーニング・センターを見て回るテイシェイラ会長(白カーディガン)。潤沢な資金あってこその投資である。
