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2005年04月18日

人種問題、サポーターの暴動-はけ口としてのサッカー、その2

ヨーロッパでも南米でも人種差別発言は昔からサッカーのピッチであった、関係者はそれを見て見ぬふりをしていた、少なくともいままでは。

4月13日、ブラジル・サンパウロではリベルタドーレス杯グループ・ステージ、サンパウロFCとアルゼンチンのキルメスの試合中にキルメスのDFデサバトがサンパウロFWグラフィッチに対し「このクロンボのチンパンジーめ、てめえのバナナを××の穴につっこめ!」(フリー訳)と罵った。グラフィッチは即座にデサバトの頭を掴んで押しのけ、このため一発退場させられる。試合はサンパウロが3対1で勝利。

控え室に戻るとグラフィッチは人種差別発言(この法律がブラジルにはある)でデサバトを訴える。試合中もテレビでデサバトの発言シーンが何度も繰り返され、試合終了直後、デサバトはピッチ脇で警察に現行犯逮捕される。デサバトはサンパウロの警察署で2晩拘留されたのち、クラブが1万レアル(40万円相当)の釈放金を払って仮釈放され、アルゼンチンへ帰国できた。しかし今後も訴訟中はブラジルの裁判所の召喚に毎度応じなければならない。この件に関して南米サッカー連盟CONMEBOLはデサバト選手に対して今季リベルタドーレス杯すべての試合への出場を禁じた。

この一連の騒動に対して、アルゼンチン側は「ブラジル人とアルゼンチン人選手がピッチ上で罵り合うのは昔からのことだ、なぜ今さら騒ぎ立てるのか?ブラジルの人々は何を企んでいるのか?」と、まったく問題点をすり替えてしまっている(どこかのアジアの国の対日騒動のように)

差別問題というのは、差別する方は大して自覚できないものだ。ましてやアルゼンチンのような白人社会では「我々白人と有色人種(この言葉自体が人種差別だ)」という識別がはっきりしすぎて、違う人種に対する許容度は低い。「アルゼンチンの選手に何をする?昔からブラジルとやる時は、黒人選手のことをサル呼ばわりしてきたんだ。サッカーは男の試合だ、人種差別とかヤワなこと言ってんじゃないよ?」(フリー訳)事件の次の日のこの発言はマラドーナのものだ。これに対しサンパウロFCのレオン監督は「やっぱりコカインで脳みそが溶けていたか」とだけコメントしている。ほんと、マラドーナは昔のビデオだけでいい。

マラドーナだけじゃない、アルゼンチン・サッカーの一部のオピニオン・リーダー(?)はおそらく人種差別という問題自体よく理解していないように思える。ブラジルの人種差別法とは、白人社会で弱い立場にある黒人や黄色人(インディオ含む)のためにあるので、アルゼンチンにいる一部の高慢ちきな白人などは控訴される側にある。つまり言い分があるなら裁判官の前で言えばいい。この法はなるべく公平な社会を保とうという(実際はそうではないが)法的な弱者への支えだ。

この一連の騒動に対してセレソンのパヘイラ監督は「6月に控えるアウェーでのアルゼンチン戦に影響がでなければ良いが」と、彼らしい“へっぴり腰”な発言をしている。この人は他に言うことが無いのか?長年セレソンのヘゲモニーを支えてきたのは黒人選手ではないか。そういえば人種のるつぼと言われるブラジルでも黒人の代表監督はいない。

フッチ・ブログはブラジル法務関係者の行動を高く評価する。ピッチ上で、もういい加減に黒人やアジア人に対する差別発言は辞めなければならない。でなければ、何がワールド・サッカーだ!

バナナ発言のおかげで“マズイ飯を食った”デサバト選手

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投稿者 fhasebe : 19:53 | コメント (4) | トラックバック

2005年04月17日

人種問題、サポーターの暴動-はけ口としてのサッカー、その1

ここ1週間、世界各地のピッチ内外で様々な問題が生じた。
ヨーロッパでは周知のように、CL戦のミラノ・ダービーではゴール裏のインテルのサポーターが発煙筒の“雨を降らし”、そのうちの一つが我らセレソンの正GKジーダの肩に命中し軽度の火傷を負わせた。

一部のインテルの過激派サポーターの仕業だと分かっているものの、ブラジル人にとって、この行為は許せない。発煙筒を投げた奴らには「ふざけるな、負け犬!」とでも言っておこう。まあ、あの試合のジーダの完璧なセービングに腹を立てたのは理解できるが。

この行為でインテルに課せられた罰則は、次のヨーロッパ・クラブ大会に出場した場合、ホーム・ゲームの4試合を観客無しで行うこと、更に30万フランの罰金となった。この処罰はチームが損害を被るだけで、とりたてて過激派サポーターがおとなしくなるとは思えない。彼等が発煙筒を隠し持って試合に来ること自体、単なる観戦が目的でないことは明白だ。そんな奴らは永久にサッカー・スタジアムに足を踏み入れてはいけない。

この事件の翌日にも関わらず、今度はユベントスのサポーターとリバプールのサポーターが球場外で衝突し警察隊が介入した。この件に関しては20年前の「ヘイゼルの悲劇」の因縁があり、とくにイタリア側に遺恨が残っているため、ある程度想定されたことだった。

以前からサッカーはナショナリズムのはけ口であると指摘されてきた。今ではクラブ・レベルで世界最高峰とされる大会でも、こんな馬鹿げた騒ぎが衛星中継で全世界に生放送されるようになった。サッカーがサッカーで無くなった瞬間を見せつけられ、ただ悲しい。

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投稿者 fhasebe : 16:47 | コメント (5) | トラックバック

2005年04月11日

レアルがクラシコに勝利、ルシェンブルゴ監督、首の皮一枚でつながる。

レアルとルーシャにとっては今季最後のチャンスだった。リーガをバルサの手中に渡すのか、最後の抵抗を見せるのか、レアル・マドリーに監督として残れるのか去るか。

この手の試合はブラジルでは「6ポイントの試合」と言われる。つまり試合前までレアルに9点の差を付けていたバルサが勝てば、その差を12点にし、はたまたレアルが勝利すれば差は6点に縮まる、つまり結果いかんで6点の違いが生じる。

バルサが勝てば、残り7試合で12点差をつけ優勝のカウント・ダウンに入る。たとえ敗北しても6点差は実に優位な状態にかわりはない。ただ、この試合に注目した世界中のサッカー・ファンたちが知るとおり、この試合はそれ以上の意味を持つのであり、たとえレアルが最下位でもバルサにホームのサンチアゴ・ベルナベウで負けるわけにはいかない。

マドリジスモ(Madridismo)とバルセロニスモ(Barcelonismo)の対決は骨肉の争いである。部外者としてはこれ以上のウンチクは避けたいが、あえて比較するなら、あるブラジルのコラムニストが使った、ブラジルとアルゼンチンの対決は「カラマーゾフ兄弟の決闘」だといった文学的な表現をそのまま当てはめたい。つまり、これはスポーツといった限られたジャンルで捉えていては形容しきれない対決だということだ。

今回、フッチ・ブログが注目したのはレアルの監督ルシェンブルゴだ。本人も承知のとおり、このエル・クラシコが彼の最後の見せ所であった。今年1月レアルに就任してから、彼は国宝杯およびCLで敗退し、チームは2位を堅守しているものの首位バルサとの差を一向に縮められない。もし、ホームのサンチアゴ・ベルナベウでバルサに敗北すれば、最大のライバルにリーガを献上するといった屈辱的な結果となるため、ファンは黙っていなかったろう。慣れない異国の地で経験する、この巨大なプレッシャーは想像を絶するものだったに違いない。

「結果は二つしかない:勝つか、勝つことだ」といった雰囲気のなか、彼は「オレがやらないと、やられる」といった窮地に追い込まれていたはず。そして最初の決断は「今季ずっと好調を維持してきたオーウェンをトップに使う」。ニ番目の決断は「ジダン、フィーゴ、ラウール、ロナウド、ベッカムの誰を外す?しょうがねえ、ここはフィーゴだ」となった。

試合の2日前の非公開練習で新しいフォーメーションを試してみたが、わずか数十分でマスコミはフィーゴがベンチ入りすることをすっぱ抜いていた。ルーシャはその日の記者会見では「クソ、誰も信用できない」とぼやいていた。

試合の結果は周知のとおり捨て身のレアルがバルサの支配に耐えながら、効率的に得点を叩きだし、4-2と大勝を収めた。レアル側はオーウェン、ロナウド、ジダン、ラウールの4人が得点し、ルーシャの狙いどおりの働きをしたのである。ルーシャはこの栄光の勝利のおかげで首の皮一枚でつながり、6点差となったバルサへの追撃に余力を得たのである。たとえ優勝しなくてもファンはこの1勝を感謝し彼の残留を望むだろう。

土壇場の決断で外されたフィーゴはこれで今季以降レアルを去るに違いない。ルーシャは試合後の会見で「私の決断に明らかに不満を表した人達もいる。彼等は試合前に私に執拗なプレッシャーをかけてきた」と言っている。フィーゴはもちろんだが、それ以外は誰だかは分からない。結果は紙一重の勝負でルーシャが生き残り、ガラクティコ・チームの一角が崩壊したのである。これはカマーチョ時代から必然なこととされていた。レアルは変化が必要なのであり、もう元には戻らないだろう。

ブラジル・サッカーが誇る“サッカー人”ルシェンブルゴ監督はまだいけそうだ

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投稿者 fhasebe : 18:47 | コメント (3) | トラックバック

2005年04月05日

ロナウド、南米予選でも不発

3月末に行われた南米予選2連戦では、セレソンはホームでペルー戦、アウェーでウルグアイ戦を戦い1勝1分けの勝ち点4を得た。

今年初めての南米予選試合にセレソンのパヘイラ監督は新しいフォーメーションを用意してきた。現地の専門紙でも注目されたこのフォーメーションは従来の4-4-2から4-2-2-2に変化したと報じられているが、観るところ3ボランチから2ボランチへ変えているため、従来の4-3-3(3ボランチ)から4-2-2-2(2ボランチ)になったという見方ができる。

元来、ブラジルではフォーメーションを議論すること自体不毛であると言われている。なぜなら、選手の位置は逐次変化するもので固定して考える必要はなく、とくにセレソンの様に創造的なサッカーが求められるチームでは見る側にも柔軟な捉え方が求められるのである。

ただ今回は守備面で明確に、これまで真ん中のボランチの両側にいたゼ・ホベルトとジュニーニョ・ペルナンブカーノのうちジュニーニョを外し、右にエメルソンと左にゼ・ホベルトの2ボランチだけにしている。

彼等の前のラインにカカとロナウジーニョが並ぶ。そして最前線にロナウドとホビーニョまたはヒカルド・オリヴェイラが張る、といった感じだ。実際はロナウド以外は頻繁にポジションを代えていたが。確かに4-2-2-2といえる配列である。この変化がもたらした最大のメリットはカカとロナウジーニョが自由に中盤で動けるようになったことである。

これまではそうでなかったのか、と聞かれるところだが、確かに今回の2連戦、とくにアアウェーのウルグアイ戦では、明らかに二人のアタッキング・ミッドフィルダーの動きがよく(随分フィジカルも強くなった)、相手エリアまでは時たま美技を織り交ぜながらボールを簡単に運んでいた。

とくに前線にいるホビーニョやヒカルド・オリヴェイラとのスピードあるワン・ツーは見応え充分だった。一番の問題はフィニッシュ役のロナウドがまったく何もできなかったことだ。

素早いパス交換で相手エリア前に行くものの(ミスが無い限り相手はボールを奪えない)、動けないロニーにボールが行く途端、ドリブルは止められ、シュートも外してばかりで大ブレーキだった。

あいにく、そんなロナウドを何とか復調させようとチーム全員が彼にボールを集めるが、これが逆効果というか、せっかくのチャンスがことごとく潰されてしまった。力んでシュートを外しているロナウドを見るのは初めてだ。

しかしここは世界王者であるセレソン流の作戦である。厳しい予選を不調の選手を背負ってあえて戦い、戦術にも徐々にバリエーションを加えながら本大会に照準を合わせているのである。不調のロナウドを外すよりも、彼を復調させる方がチームとしてはメリットがはるかに大きいのである。たとえアドリアーノという選手を無視しても(今回は怪我で外れたが)。この連戦でエメルソンはレギュラー・ボランチの座を獲得したようだ。ほかにもジュニーニョ・ペルナンブカーノという輝かしいアルマドールが補欠に回ったのは残念で仕方ない。

セレソンが完成するには理不尽なことが沢山ある。

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投稿者 fhasebe : 23:04 | コメント (0) | トラックバック