« 2004年10月 | Futblogトップ・ページ | 2004年12月 »

2004年11月25日

Armador(アルマドール)の不在

前回に書いたアドリアーノのレギュラー要求については、セレソンに良い波風が立つと人々は期待している。しかし、タレント豊富だと謳われるセレソンにもタレントが不足していると指摘するのは、やはり現在ブラジル最高のサッカー批評家トスタン氏である。

JB紙のコラムでトスタンはエクアドル戦で敗北したあと、鋭くセレソンの盲点を突いた「たとえアドリアーノが3トップに入ろうが今のフォーメーションは変わらない。セレソン、そしてブラジル・サッカーには典型的なアルマドール(中盤で攻守にわたりゲームを組み立てる選手)がいない。アルマドールは自陣で守備に加わり、そこから攻撃に転じてトップの3人に近寄りボールを供給する。全盛期のジダンがそれだ。このような選手がいまのセレソンには欠けている。いまのところジュニーニョ・ペルナンブカーノがそれに一番近い。幸いなのは他の代表チームにも目立つアルマドールがいないことだ」。

ブラジルは伝統的にアタッキング・ミッドフィルダー(中盤から前のスペースで動き回り攻撃を得意とする)にスーパースターがいる。ペレ、トスタン本人、リバウドそしてカカとロナウジーニョである。トスタンが言うには彼等はアルマドールではない。典型的なアルマドールだったのが、ジェルソンやファウカン(ボランチ・アルマドール)そしてジーコ(非常に攻撃的であるが)と意外と数少ない。

様々な見解があるが、ブラジルが典型的なアルマドールのポジションを廃止したのは94年のアメリカW杯でダブル・ボランチを採用したときだったといえる。当時、大会中にまで及んだ議論が中盤のクラッキ、ライー(Rai、ハイー)をどのように使うかだった。結局、ライーはグループ・リーグ3戦に参加したのち、トーナメント・フェーズからボランチ役に徹したマジーニョにレギュラーの座を奪われてしまう。これはブラジル国内では一つの大きな話題となった。その時の監督が今のパヘイラ監督である。

さらにいえば、ブラジルにはジーコ以来典型的な10番がいない。誰もそのことには触れたがらないが、トスタンはあえて提言したかったのだろう。もちろん他国に絶対的な10番が存在するかというと、ここ10年はフランスのジダンだけしか浮かんでこない。バッジオはブラジル人クラッキと同様、アタッキング・ミッドフィルダーであり、典型的なアルマドールとはいえない。

ここ10年ぐらいからサッカーを見始めた若い人は恐らくアルマドールとはどのような存在か理解に苦しむだろう。それはトスタンが言うように今のサッカーが中盤を通さず、守備と攻撃のプレーヤーに分離されてしまい、“あとはひたすら走る”ことに集約されてしまったからだろう。20~30年前のテープを観れば、中盤にたたずむ味わいのあるプレーヤーがいたことがわかる。フッチ・ブログのお勧めはなんといっても70年メキシコ杯のセレソンだ。

ブラジル・サッカーにも人材が足りない部分があるということだ。アルマドールの復権はもうありえないのか。

zico86.jpg

投稿者 fhasebe : 08:41 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月22日

アドリアーノが要求を叩き付けた

エクアドルにふがいなく敗戦した後の帰路、一人の選手がマスコミを通じて自分の権利を主張した。いまヨーロッパ最高のFWの一人とされるアドリーノは記者陣に「もう学習期間は終わった」と話した。現在、イタリアのインテルでセリエAとチャンピオンズ・リーグ両大会で得点王争いに加わり、決定的なゴールを量産しつづける絶好調の“リンペラトーレ(ローマ皇帝)”。彼はいま地元イタリアのマスコミの質問に答えるのに窮するという。「なぜ自分ほどのプレーヤーがセレソンでは数分だけの出場機会しかないんだ、といつも聞かれる。俺に聞かれてもね。それは監督の考えだから、としか答えようがない」。

アドリアーノの昨季からの活躍ぶりを見ている人には、イタリアのマスコミの疑問に納得するだろう。ブラジルのマスコミも今年のコパ・アメリカ優勝の原動力となったアドリアーノに好意的だ。それについては本人も「ヨーロッパのシーズン・オフで疲れているにも関わらず今年のコパ・アメリカに参加し、セレソンを優勝に導いたことはパヘイラ監督が一番感謝しているはず」と監督に“貸し”があることを自ら主張している。

「自分はリオのスラム街に生れて今まで、欲しいモノはすべて自力で手に入れるしかない人生を歩んできた。いまセレソンに自分の場所を要求しているんだ。自分はレギュラーになる資格がある」。22歳の若い野獣が自分の権利のために吠えた。素晴らしいことだ。

リオのオ・グローボ紙のカラザンスはこう言う「ペンタ(5度のW杯優勝)の後、何人かのプレーヤーが不動のレギュラーとなってしまった、だが彼等は必ずしも良いプレーを続けているとは言えない、特にトップのロナウド、カカ、ロナウジーニョの3人だ」。この3人はそれぞれの所属チームでの重要度が高く(アドリアーノもそうだが)、いつも万全な状態でセレソンの試合に臨めていない。

現レギュラーの3トップについては、アドリアーノ本人も「自分とトップの三人が共存できないとは思えない。4人でのフォーメーションは一度、親善試合などで試すべきだ」と提案する。だがパヘイラ監督自身、後日の記者会見で「カカ、ロナウド、ロナウジーニョとアドリアーノの4人を同時にプレーさせるなんて無理だ。いまのサッカーは攻撃だけでは成り立たない」と可能性を否定している。

現実的にはアドリアーノがレギュラーの座を奪い取れば、昨季のように好調ではないカカに替わってトップの左に入り、ロナウドが右(というより真ん中)、ロナウジーニョがトップ下で後ろから来るという三角形となる。ただし、この場合ロナウジーニョはカカほど守備意識が無いため相手は中盤を支配しやすくなるという大きなデメリットがある(バルサの最大の心配事はこれ)。あるいは、アドリアーノがロナウドの替わりに入る可能性もあるが、最大の経験値を持ちペンタの立役者であるロナウドを外すのは難しいだろう。

ひとつ言えるのは、チームも個人も安泰してしまえば落ちるだけだ。アドリアーノもっと吠えてくれ!

adrianoamerica.jpg

投稿者 fhasebe : 12:52 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月19日

エクアドルに敗北

周知のとおり水曜日セレソンはアウェーのキトでエクアドルに1対0で敗北した。南米予選で初めての黒星。これでアルゼンチンに首位の座を奪われてしまった。ここ2試合で1得点も上げられないセレソンにはしょうがない結果となってしまった。世界一タレント豊富な代表チームがエクアドルごときに何をやってるんだ、と言いたくなるが試合を観た感じでは落胆するほどの衝撃でもなかった。スーパー・エキジビションではまったく無かったが、チームは幾多のゴール・チャンスを創出していた。ただゴールを結実することができなかっただけである。これがセレソンの精一杯の現状なのだ。

キトではこれで2連敗。エクアドルのような取るに足らないチームにアウェーで負ける。サッカーが理屈の通じないスポーツと言われる所以だ。それよりも選手たちに「さっさと試合を消化してヨーロッパに戻らなければ」というメンタリティがあったのは否めない。今のセレソンの選手たちは全員ヨーロッパのビック・クラブのレギュラー選手(マンUのクレベルソンを除いて)であり、ヨーロッパの激しい試合の合間にジェット機に乗り、南米の三千メートル級の高地に降ろされる。周囲からアイドルのように騒ぎ立てられ、練習もろくに出来ないうちにプレッシャーの高い試合を行うのである。試合が終わればクラブのお迎えチャーター機に乗り、すぐさま3日後の試合に準備しなければならない。自分に置き換えてみれば判るように、かなりキツイ条件である。

いまFIFAでは南米予選の方式の変更が検討されている。少なくとも次回では2年間の総当たりよる長丁場はもう採用されないだろう。これは南米各国のサッカー協会がブラジルやアルゼンチン戦がもたらす御利益を目当てとした客寄せサーカスだからだ。新しい方式は理想から言えば、集中的で短く、ヨーロッパ・シーズンのピークを外したトーナメントが良いだろう。言うまでもないが、選手にとっては万全な条件でセレソンに専念できるのは良いことだ。W杯に出場することは彼等の夢だから。

パヘイラ監督は試合後の記者会見でロナウド、ロナウジーニョ、ロベカルについて「水曜日に高地キト、土曜日にカンプノウでエル・クラシコ、彼等も頭がぐちゃぐちゃになっているはず」とかばっていた。しかしスペイン代表の選手も同じ日にイギリスと親善試合を行っており、代表チームと合宿しているのである。

最後にヒカルジーニョ(現サントス)がセレソンに復帰したのは良いこと。ヒカルジーニョはすばらしい中盤のブレーンだ。あとゼ・ホベルトの補欠になる左利きの中盤がいない。そして帰りの飛行機でライオンが吠えた「なぜ俺がいつまでも補欠なんだ!」この話は次回で。敗北は沢山の膿を出す。次回のセレソンは来年3月。

投稿者 fhasebe : 11:02 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月16日

降格の炎-フラメンゴ編

ブラジレイラォンも残すところあと5節。優勝争いの行方は最後まで決まりそうもないが、もう一つ大きな反響を呼んでいるのが迫り来る降格の危機が生む悲劇だ。現時点で降格の可能性があるチームは10チーム(なんと参加しているチームの4割)で、降格圏にある下位4チームは下からグレミオ、グァラニ、フラメンゴ、パラナである。このままいけば日本でも知名度のあるグレミオとフラメンゴが降格するのである。この屈辱的な状況にクラブ・サポーターたちは怒りを抑えられなくなっている。

先週末、アトレチコ・ミネイロ(このチームも降格の可能性があある)にアウェーで6対1と大敗したフラメンゴは歴史上はじめて降格の危機にある。フラメンゴはブラジルで一番サポーターの数が多い(推定3,300万人!)クラブとして知られている。リオの国内線空港に到着したチームは一部の“過激派”サポーターに暴力で迎えられた。

チームが到着ゲートから出るや否、いきなり数人のサポーターが選手達を囲み、殴りかかろうとした。出口には数人の警備員がいたものの、辺りは騒然となり、選手達はてんでばらばらに逃げたという。

なかでもジーニョ(94年W杯優勝メンバー、元横浜フリューゲルス)のケースはショッキングだった。空港にはジーニョの父親が迎えに来ており、暴動が起きたとき、ジーニョとGKジュリオ・セーザル(セレソンの第二キーパー)はすぐさまジーニョの父親の車に乗り込むことができた。しかし、車はサポーターたちに囲まれてしまい、開いた窓からジーニョの父親がパンチを見舞われてしまった。これにはいつも温和なジーニョも激怒し、ジュリオ・セザールと二人で車から飛び出してサポーターを蹴散らしてしまった。当然、父親を殴った相手はボコボコにされた。その後、家に戻ったジーニョは二日たった今でも落胆を隠せない。

クラブの選手とサポーターが殴り合うとは、なんとも悲惨な出来事だといえる。フラメンゴの選手たちは大敗を喫したとはいえ、もう3,4ヶ月ほど給料を貰っていない。肝心の総責任者であるクラブ会長はチームと帯同しておらず、こうした事態を目の当たりにしていない。この状況にジーコも日本からクラブとサポーターに和解のメッセージを送ったそうだ。が、ジーコ自身数週間前にフッチ・ブログで取り上げたように「フラメンゴを降格させたらサポーターが黙っていない」と、選手達に脅迫的なメッセージを残した本人なのだが。

これら事情からみて、フラメンゴの選手達はあと5試合を平常心でプレーするのは難しいといえる。降格の可能性はさらに高まったといえよう。チームは今週末にはボタフォゴとの伝統の一戦が待ちかまえている。皮肉なことにボタフォゴも降格の可能性のあるリオのビッククラブだ。

到着ゲートでサポーターに罵られる選手たち、真ん中はアチルソン、このあと殴り合いがはじまる。

flabriga.jpg

投稿者 fhasebe : 23:39 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月05日

完熟したイチジク

今日のフッチ・ブログの主人公はブラジル人ではなく、同じポルトガル語圏の同郷人、ポルトガルのスーパースター、ルイス・フィーゴ。今日の“A BOLA”サイトにあったインタビューは非常に興味深い内容だった。

今年32歳のフィーゴは一筋縄ではいかないビッグ・プレーヤーだ。彼のキャリアは周知とおり栄光と影が明暗を分ける。それは彼自身の複雑な個性を投影しているように思われる。

彼の栄光については周知のとおり、89年16歳で地元スポルティングでプロ・デビュー、91年世界ユース選手権で優勝しポルトガル・サッカーの将来を背負う逸材とされる。95年にバルセロナに移籍。2000年に当時のサッカー史上最高額でレアル・マドリーに移籍。2001年にはFIFA年間最優秀プレーヤーに選ばれている。

彼の影はなんといっても移籍するたびに起きるトラブルだ。まずスポルティングからバルセロナへ移籍をしたのも、このときイタリアのユベントスとサインを済ませていたにも関わらずパルマともサインをしてしまい、イタリア・サッカー協会から2年間の締め出しをくらった為であった。これは、ちょっと信じがたい行為だ。

そして、あのバルサからレアルへの移籍。この話にはあまりにも多くの噂が付きまとうため、その真相は永遠に語られないことだろう。当時の記事を調べると、フィーゴはレアルには行かないことを条件にバルサとの契約内容の見直しを迫ってはいる。しかしバルサ側の提示条件に魅力を感じていない。これは、そもそもフィーゴが先ほど述べた、バルサに移籍したときの条件が悪かったからだと指摘する人もいる。

レアルからのオファーはサッカー史上最高の破格の移籍金額6,500万ユーロ(80億円ほど)、年俸も4倍といわれている。プロとしては正しい選択だったろう、しかしバルサ・ファンにとっては裏切り行為にしか映らなかった。先日もバルサの前会長がインタビューをしたが“フィーゴ移籍問題”が最も心残りだと語っていた。バルサファンには“ペセテロ=守銭奴”と呼ばれ、カンプノウでは聖書にある娼婦の話のように物を投げつけられる。カタラン気質は恨み深いのである。

あれから4年、いまフィーゴはレアルから1年半後の契約更新はないと通達されたばかりだ。これに対しフィーゴはすでに対応を決めているようだ。インタビューでは“今32歳の私を欲しいクラブは多くあるが、1年半後の34歳の私には殆どの扉は閉ざされているだろう。レアル首脳陣とは12月初旬に話をし、早めに結論を出したい”。つまり今年1月の移籍を考えていることが伺える。彼はレアルには何の未練もないようだ。今度はレアル・ファンは何というだろう。イチジク(ポルトガル語でFIGO)はまだ食べ尽くされていないのか。

有名な写真、カンプノウではフィーゴに投げつけるため、豚のカブトまで持ってくる人がいるのだ

porco.jpg

投稿者 fhasebe : 23:51 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月04日

クラッキが決めるとき

CLミラン戦でロナウジーニョが決めた逆転ゴールはいま世界中の話題だ。少なくとも今週は。それまで堅く守っていたミランの守備を一瞬で、一つのフェイントで開いてしまった。クラッキならではの仕事だ。

今季のロナウジーニョは、今年なかばまでの絶対的な存在ではない。本人は今週の記者会見でコンディションが100%でなく「毎試合、どこかが痛い」と吐露していた。彼の表情から笑いが消えている。彼を中心としたチーム作りはかえって彼の肩にとてつもない重圧をかけているに違いない。ちょっとやそっとのプレーではチームを引っ張っていけない、休みたくても休めない。会社で言えば、現場の指揮官、課長あたりの心情か。チャランポランに見えてすごく責任感のある選手である。

だから、ミラン戦終了間際でのゴールのあと狂ったように喜んでいた。そうした全てのモヤモヤ、自分や周囲に対する鬱憤を吐き捨てるように、ポルトガル語で「エウ・ソウ・フォーダ!=直訳:俺ってスゲエ!」を連発していた。

ボールをトラップして、右側に切り込むように体を向けながら、つま先で逆を行く。一連の動きは早すぎて、テレビで観ている者にはスローでしか確認できない。現地で観ていれば立体感があるからフェイントもわかる(だからサッカーは生で観るのが一番なのだ)。カラザンス氏はこのプレーについて典型的なブラジル流フェイントだと絶賛していた。トスタン氏の以前のコラムでは、バランスのとれた守備が相手なら、そのバランスを崩せば良いだけのことである。それができるのがクラッキ。ネスタ1人をかわしてミランの守備に風穴をあけたロナウジーニョに拍手を送る。とっさの左足のシュートはジーダも防ぎようが無かった。

笑顔が戻ってなによりだ

ronaldinhomilan.jpg

投稿者 fhasebe : 09:52 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月02日

サッカー経済とプロモーション

この1週間ブラジルとスペインでそれぞれ話題になったお金にまつわる話。サンパウロでは大衆クラブ、コリンチアンスがMSIという新投資パートナーとともにボカのテベスに180万ドルという桁外れのオファーをしたという。一方、スペインではヨーロッパ・ビッグクラブのうち唯一ユニフォームに企業広告のないバルセロナがとうとうスポンサーマネーに屈するようだ。

ブラジルで1,2番を争う大衆クラブ、コリンチャンスは今月から外資系投資会社MSIと共同でチームの再編を開始した。MSIはまず350万ドルの資金をクラブに注入し、南米市場の将来有望なプレーヤーの獲得を狙う。そこまでは良い話だ。

ただこのMSIという外資系企業のボスがイラン人キア・ユラビキアン(読みが間違っているかもしれません)という人物で、その後ろにはロシア人富豪ボリス・ベレゾフスキーがいるという。キアの素性は明らかではないが、中近東のテロ組織とも関係があるとブラジルの連邦警察からは問題視されている。

ロシア人のボリスはヨーロッパ各地で投資事業を展開しており、ブラジルでもサッカーの投資を皮切りにメディア分野での企業買収を進めると噂されている。ただブラジル政府が最も懸念しているのは、中近東の資金のマネーロンダリング(不正に得たお金を“洗う”こと)にブラジル・サッカーが利用されることである。90年代のパルメイラスに同じように投資したイタリアの食品大手パルマラットが脱税の手段としてブラジル人選手の移籍を利用していたことが、ついこの前明るみになった。

いずれにしても、コリンチャンス側は両手をあげて喜んでいる場合ではない、もしもテロ組織の資金作りのために担がれるようであれば、金で払うことの出来ない代償を負うだろう。テベスへのオファーについてはただのハッタリに過ぎないようである。

一方、こちらは経済的には怪しくないバルサだが、とうとう美しいブラウグラナ(青・赤紫色)のユニフォームに四角い企業名が入ることにそうだ。ヨーロッパ・ビッグクラブでは唯一ユニフォームにスポンサー・マークを付けることを拒んできていたのに。

バルサ会長によるとスポンシング金額はレアルやマンチェスター・ユナイテッドを凌ぐ年間150万ユーロ(17億円程)であり、バイエルン・ミュンヘンに次いで2番目の契約金額だそうだ。ただ、バイエルンが自動車会社オペルのスポンサーを受けているのに対して、バルサのスポンサーはインターネットのカジノ会社。

世界中の子供たちがロナウジーニョのファンタスティックなプレーに喜び、親はネットでベットしてくれという魂胆なのだろうか。クラブにはお金以外の配慮がないように思える。リーガは今季から試合の入場料が値上がり昔からの観客は文句を言っているという背景もあるのだろうか。

この決断は昨年の会長就任後のソシオ決議(バルサの重要会員によって行われるクラブ運営決議)でバルサは“ロマンチック運営”を捨て、ユニフォームの一部を売るというこで下された。これは明らかにライバルのレアルに経済的な差をつけられないための譲歩であった。つまりバルサのユニフォームを汚したのは、レアルだということになるのだろうか。

フッチ・ブログ的にはあのいつも違和感つきまとうスポンサー・ロゴの無いバルサのユニフォームが好きだ。もしこの話がまとまれば、スポンサーが入る前のバルサのユニフォームにプレミアがつくのでは。

ハイ、広告塔のできあがり。

sponsorbarsa.jpg

投稿者 fhasebe : 11:11 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月01日

アスリートの限界

日本のスポーツ新聞でも報じられたサン・カエターノのCBセルジーニョの試合中の死亡。死因は心筋梗塞。セルジーニョ(ミランの選手ではない)は今年2月、ブラジルの名だたる心臓専門病院で診察を受け、心臓の問題を指摘されていた。

つまり、彼もクラブも半年前からスポーツができる体でないことを知っていながらプレーを続けた。本人は自らの命で無茶の代償を払った。そして彼にプレーをさせたクラブに非難の声が集中している。クラブには現在、過失致死罪の容疑がかけられている。

話はガクンと変わるが、先月も埼玉県のとある小学校の運動会で父親が無理にカケッコに参加して突然死したという記事を目にした。スポーツとは無茶をすると本当に体に悪い。ロナウドがインテルで膝の故障を再発したあのシーンを今でも憶えている人は多いだろう。

なにゆえ芝生のうえで踏ん張っただけで、膝のじん帯が“破裂”するのか。今年のバルサのエジミウソンも1人でジャンプして、着地した瞬間にじん帯をブチブチと断裂してしまった。おそらくサッカー選手はアスリートとしての極限に達しているのではないか。

オ・グローボ紙のカラザンスが言うには、選手にはいまや個性などない、監督のコマにすぎない。監督が“こう動け、ここからここまでをカバーしろ”と言われれば、死力を尽くして動かなければならい。監督は完璧を求め、ときには暴君と化すことができる。これが現代のアスリート・サッカーの始まりだ。

セルジーニョはそこまで無理しなければならなかったのか?

serginhoacidente.jpg

投稿者 fhasebe : 21:55 | コメント (0) | トラックバック