今年の受賞者はロナウジーニョでもなくアンリでもなく、マルタだ。女子サッカーではほぼ決まり。マルタは今年のアテネ・オリンピックで銀メダルを獲ったブラジル女子代表の10番、スエーデンの女子プロチームUmea IKでプレーする22歳。
2004年9月アーカイブ
セレソンの正ボランチ、ジウベルト・シウバ招集見送り。背筋を痛めているらしくアーセナルでも一ヶ月は安静を強いられている。代わりにパルメイラスのボランチ、マグラォン(写真下)が招集された。これで国内選手は二人となった。代表は来週の10月5日からリオ・デ・ジャネイロ州テレゾポリス市グランジャ・コマリ合宿所に集まる。
近年ブラジルが輩出したスーパークラッキ、リバウド(本当はヒヴァウドと発音する)がギリシャのオリンピアコスで再始動。さらにセレソンへ復帰する決意をサンパウロのサッカー専門誌ガゼッタ・エスポルチーバに語った。
ブラジル南部Zero Hora紙の記事によると、パヘイラ監督は今回の招集についてブラジル国内でプレーするフィールド・プレイヤーを呼ばなかった理由として「セレソンに呼べば、すぐに海外クラブと契約してしまう。いま国内リーグは大詰めを迎えており、ここで主要選手が抜けると困るはずだ」
ブラジル国内の関係者から、今回のセレソン招集リストについて一つの論争が発生した。論争というよりも抗議といった方が適正なのだが、現在、国内ベスト・プレイヤーであるホビーニョをなぜ呼ばないのか、といったクレームだ。

今の代表リストの顔ぶれを見ると、前回W杯から殆ど変わっていないようにみえる。しかしタレント王国ではすぐにレギュラー選手に取って代わる新しい才能が出現することを忘れてはならない。
セレソンでのポジション争いに関しては無数の専門家たちが論議を繰り広げており、ここではそれら意見に沿って、フッチ・ブログ独自の見解もまじえながら紹介してみる。
パヘイラ監督は来月9日のベネズエラ戦(アウェー)および13日のコロンビア戦(ホーム)に行われるW杯南米予選のメンバーを招集した。今回はブラジルサッカー連盟CBFとACミラン、バイエルン・ミュンヘンの2クラブとのいざこざの影響で呼ばれなかった選手達も今回は呼ばれた。
ブラジル・サッカーを一つの長編小説として想像したとき、ストーリーの主人公を誰にするかは人それぞれだろう。ペレはブラジル・サッカーの最大のシンボル、勝者の象徴であり、世界的な名声を得ている。でもブラジル中が愛し、どうしょうもなく“ブラジル臭い”プレイヤーをあげるとすれば、やはりガヒンシャだろう。
ブラジルで話題になった。9/21世界で最も有名なオークション・ハウス、ロンドンのクリスティーズで、1958年スウェーデンW杯決勝でペレが着た青色の代表ユニフォームが10万5千ドルで競り落とされた。
他にも、ホマーリオが94年の決勝で着たシャツ、62年チリ大会の決勝でジャウマ・サントスが着たシャツなどが数千ドルで落札された(他にもバッジオが94年W杯決勝でPKを外した時着ていたシャツが5千ドル)。2年前の競売では、ペレが70年メキシコW杯の決勝で着ていたシャツが30万ドルで競り落とされた。ここで一息。
南米予選でいまのところ首位を走り「徐々にW杯行きの切符が見えてきたパヘイラ監督は少しずつチーム戦術のバリエーションを実験しているように思える」とJB紙のトスタンは言う。とくに今回予告したプレッシング・スタイルは、アルゼンチン代表がスリートップを使って有効にしかけていた戦術(ビエルサ辞任後はどうなるのか未定)をブラジル風にアレンジしようとしているようだ。だが、FWの選手に有機的なマーキングを求めることは大変な修練を要し、とくにブラジルの伝統的な1トップはマークをしない(現在はロナウド)ためブラジルのマスコミはこぞって懐疑的だ。
9/5の南米予選ボリビア戦ではセレソンの一つのプレイ・コンセプトが試されるはずだった。ボリビアが超守備的に来ることを予想して、パヘイラ監督はボリビア・サイドでプレスをかけ相手を押し込めることを会見で明言していた。
日曜日9/19に全46節のうち31節を消化したブラジル選手権の首位を行くのはサントスとアトレチコ・パラナエンセ、ともに勝ち点58。3位にはサン・カエターノとゴイアス、ともに52点。5位にサンパウロで50点。優勝チームが決定するにはまだ2ヶ月以上の戦いが必要だが、予想どおりの活躍のサントスに比べ、アトレチコ・パラナエンスは意外にも安定した強さを見せている。
「もうコイツらとは一緒に仕事できん!」カマーチョ監督が辞表を出した。土曜エスパニョール戦で破れてからチームのリーダー格選手のラウール、ロベカルとサルガドを集めチームの今後について話し合いをしたと地元紙が報じた直後だった。察するに、レアルの選手陣はカマーチョに不満をぶちまけたのだろう。
ブラジル一のヤンチャFWでブ男のルイス・ファビアーノは、
日曜日ポルトに移籍後初ゴール!でも試合は2-2の引き分け。
ルイス・ファビアーノ発動!

Antonio Augusto Ribeiro Reis Júnior、この長ったらしい名前の終わりを取ってJuninhoで、ブラジル北東部ペルナンブーコ州ヘシフェ市(リバウドも生まれた美しい海岸都市)生まれからPernambucano:ジュニーニョ・ペルナンブカーノ、1975年生まれ、92年17歳で地元Sport Recifeでプロデビュー、95年にリオのバスコ・ダ・ガマに移籍してから97年ブラジル選手権優勝、98年リベルタドーレス杯優勝。2001年からフランス・リヨンに移籍、初年度から続けて3年連続フランス・リーグ優勝。
ホマーリオのさよならゲーム、アメリカのロスで計画段階。94年W杯メンバーの他にもロベルト・バッジオやストイチコフなどを呼ぶ予定。ホマーリオのアイデアに対しブラジルサッカー連盟CBFは今のところ正式なサポートを表明していない。

写真左から
上:
カルロス・アウベルト(右SB、キャプテン)、ブリット(CB)、ピアザ(CB)、フェリックス(GK)、クロドアウド(MF)、エヴェラウド(左SB)、ザガーロ(監督)
下:ジャイルジーニョ(W)、ジェルソン(MF)、トスタン(FW)、ペレ(MF)、ヒベリーノ(MF)
逸話では、8年前のある日ペレがサントス少年部の練習を見に行ったとき、一人の痩せた黒人の少年がボールを持ってドリブルをしていた。その姿に、“サッカーの神様”は小さいときの自分の姿が重なったという。「まるで小さい頃の自分に会ったようで、つい涙ぐんでしまった」
完膚無き敗北。これがレアル・マドリード側から見たCL初戦(9/15、ドイツ・レバークーセン市バイアレナ球場)バイエルン・レバークーセン戦での3-0の敗北の捉え方だろう。レバークーセンからすれば、すべての選手が完全に役割をこなした完璧なゲームだった。
現在ドイツW杯南米予選の首位を競うライバルの監督辞任はブラジルでも反響を呼んだ。アテネで優勝したばかりのアルゼンチン・チームは今後(未来永劫に)ブラジルにとって驚異の存在であった。
9/14、アルゼンチン代表監督マルセロ・ビエルサが突然の辞任を表明し、サッカー界に衝撃を与えた。1998年アルゼンチン代表監督就任以来、2000、2002年コパ・アメリカ、2002年W杯などで優勝を逃すも、今年のアテネ五輪で南米国初の金メダルに輝く。
1981年、サンパウロ生まれ、23歳。ブラジル代表、ポシション攻撃的MF,2000年にサンパウロFCでデビュー。03年からセビーリャに移籍、初シーズンで20ゴール。地元セビーリャではLaBestia(化け物)の愛称?でよばれる。サンパウロ時代ではカカ(現ミラン)、ルイス・ファビアーノ(現ポルト)などとチームメイトだった。

セレソン・バルサ論争はさておき、問題のバルサ対セビーリャ戦の録画放送を観て、セビーリャのジュリオ・バチスタはひょっとするとセレソンに居場所を確保するかも知れない、と思った。
あのガタイにスピード、足技、マーキング・センス、スタミナ。バルサのプジョル選手の激突にビクともしない。ちょっと、これまでセレソンのFWに無かったタイプで、トップやトップ下ができディフェンス・センスがある。パヘイラ監督が理想とするアタッカー像に近いのではないか。何気なく最近のセレソンの試合に途中出場している。
リオ出身、40歳、現役時代はCB、フルミンセ、ベンフィカ、パリSG。ブラジル代表(ドゥンガの前の代表キャプテン)90年イタリアW杯出場。1996年パリSGで早々と監督に転向、2004年アテネ・オリンピックのブラジル代表監督を務めるも、南米予選(2枠)で敗退。
今季ブラジレイロンではフルミネンセの監督を務めるも8月に選手グループとのイザコザが原因で解約される。現在フラメンゴの監督。今年ブラジルで最も非難の的になっている監督の一人。
9/12日、ブラジルはリオのマラカナン・スタジアムでフラメンゴ対フルミネンセの一戦が行われた。これがリオ・デ・ジャネイロ州で最も伝統のあるクラシコとされる。大衆のクラブ、フラメンゴと中流階級のクラブ、フルミネンセの対決なのである。
この各国サッカー協会とヨーロッパ・クラブの戦いはまだ始まったばかりで、ますます激化していくに違いない。特に南米のブラジルとアルゼンチン代表はほとんどのヨーロッパ主要クラブに選手がおり、この2代表が批判の的になっている。ヨーロッパ主要クラブ集会(G-14)は昨年南米サッカー連盟(Conmebol)と紳士協定を結び、なかでもヨーロッパ大陸以外で行う親善試合(もちろんFIFA指定日)で自クラブの選手を招集に応じさせるか否かについてクラブが決定権を持つという条件があるそうだ。
確かにバルサ側の言い分は正当である。しかしそれはバルサというクラブ側から見た場合で、ブラジル代表から見た場合は、ロナウジーニョはいかなる試合にも不可欠であり、なんと言っても本人の意志で試合に出たのである。
9月8日、ベルリンで行われたブラジル対ドイツの親善試合は両チーム仲良く1×1の引き分けに終わったが、ピッチ外ではブラジル・サッカー連盟CBFとヨーロッパ・クラブとの間でまた一悶着が生じた。
今度はバルサがロナウジーニョの起用に抗議し、ライカールト監督は会見で、ロナウジーニョはまだ足首のケガから回復しておらず、公式戦ならまだしも親善試合に出る必要はなかった、とパヘイラ監督を名指しで批判した。結局ロナウジーニョは3日後のリーガ第二節カンプノウでのセビーリャ戦を欠場している(3日後に控えるセルティックとのCL初戦のために温存)。

Jornal do Brasil紙の名コメンテーターであるトスタンによると、セレソンではFWを一人だけ置くのが伝統的なスタイルだという。トスタンとは、知る人ぞ知る1970年メキシコW杯を優勝したセレソンの1トップだった。
いよいよイタリアのカルチョ・シーズンが始まる。
下馬評では、相変わらずミラン、インテル、ユベントス、ローマの4チームが優勝候補とされる。

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